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晴れ着と幼女 (2/4)

「知人の女の子が、お祭りで着る晴れ着を縫いたいけど、お裁縫ができなくて困っているみたいなの」


 ディーネが侍女たちに白い布を見せると、レージョがいち早く反応した。

 どこからともなくぶわりと大量のスケッチを取り出して、ディーネに見せてくる。ラフ画には鳥の羽が一本一本丁寧に植毛されたリアル羽毛の服やら、双肩に鳩の生首が生えた服やらが書かれていた。

 人をぎょっとさせたり、敵を威嚇するのには便利そうだ。


「わたくしの出番ですわね!」

「待って」

「お任せくださいませディーネ様! わたくしが必ずや見敵必殺の服を……!」

「倒さないで! これ豊穣の女神だから! 大地に恵みをもたらす神さまだから!」

「死をもたらす気満々でございますね……」


 豊穣の女神の祭服と聞いて、シスも本から顔をあげた。


「……ディーネ様、豊穣の女神アネシドラ様なら、頭にティアラもほしいのではございませんこと?」

「そういうものなの?」

「麦穂をかたどった細工のものが定番でございますわぁ。わたくしも修道院で役をしたとき、きれいに飾り付けてもらってとってもうれしかったのを覚えておりますわ」

「こんなところに経験者が! それどんな感じの衣装だった? 詳しく教えて!」

「女神なら、わたくしも経験がございますから、少しは存じておりますわ」


 横から口をはさんだのはナリキだった。


「なんだ、けっこうみんな知ってるお祭りなのね。私、この日は聖母の天還祭りをするものだと思っていたわ」


 聖母の天還祭りとは、メイシュア教の有名な聖母がお亡くなりになった日にちなむ祭りで、聖母役に選ばれた女の子が着飾って練り歩くのがディーネの住む領都バームベルクでの定番だった。


「バームベルクは大都会でございますからね。都市部はメイシュア教が主流ですが、田舎のほうに行くと、古代の神々を祭る行事は珍しくありません。アネシドラ役は庶民の娘ならば誰もが一度は経験することなのでございます」


 ナリキの解説に、シスはしゅばっと手をあげた。


「わたくしのときも、アネシドラ様役の子があと六人おりましたの!」

「女神多いな!」


 みんなが主役の学芸会のようだ。


「地元のお祭りらしいから、それにふさわしく、ちょうどよいぐらいに仕上げたいのよ。でも、私は実物を見たことがないからね……とにかく、ふざけないでほしいのよ。真剣に、ちゃんとした服を作ってほしいの。まずはデザインから検討したいんだけど……」


 ディーネのお願いに、彼女たちはそれぞれの想像を形にすべく、ペンを取った。


 そしてできあがった服を手に、ディーネはふたたびソルの家に飛んだ。


 ――豊穣のお祭りは三日後に迫っている。


***


 ソルの家に着くなり、女の子の泣き声がして、ディーネはおどろいた。勝手に押し入るのもどうかと思ったが、どうも泣いているのはソルのようだ。


「ソルちゃん? 入るわよ?」


 土間へと身を滑らせてみれば、彼女は丸くなって涙を流していた。ディーネを目視したとたん、がばりと跳ね起きる。


「ディーネさあああんっ……! う、うええええ!!」


 飛びかかってくる幼い女の子をどうにか受け止め、ぐじぐじと泣く彼女が落ち着くまで待ってあげた。


「……どうしたの? なにかあった?」

「わ、わた、わたし、おまつりで、着る服が、で、で、できな、うう、ああああっ!」


 泣きわめく彼女の足下には、真っ白な雑巾――いや、真っ白な服を作ろうと苦心した残骸があった。相変わらず縫うところを間違えているので、服として機能しなさそうだ。


「よしよし。誰にだって苦手なことのひとつやふたつあるわよ」

「で、でも、でもおぉぉぉ。どうしよう、私、わたし、このままだとぉぉっ……!」


 ぐずる彼女に、ディーネは持参した包みを渡した。


「そんなこともあろうかと、用意してきました」

「う、嘘おおぉっ!?」

「着てみて、ソルちゃん」


 ソルは着ていたワンピースをすばやく脱ぎ捨てると、真っ白な服に頭を通した。


「……うん。シンプルな構造だから、サイズはちょっとズレててもそんなに気にならないわね」


 頭の上に、真珠と真鍮で作った小さなティアラを固定してあげると、お姫様のように仕上がった。そわそわと縁取りのフリルをいじくっているソルに、手鏡を渡してあげる。


「ほらかわいい。すてきよ、ソルちゃん。お姫様みたいね」


 ワンピースは神話の女神風だ――胸高に絞ったAラインの、ドレープをたっぷりと取ったエンパイアドレス型。四角く開けた襟元に小さな真珠をいくつか縫いつけてある。ノースリーブの肩とスカートの裾にフリルを足したが、派手すぎず地味すぎず、ちょうどいい塩梅だ。上等な純白の生地が無垢な印象をよりいっそう際立たせる。小さな女の子にぴったりの、清楚でかわいらしいデザインだった。


「ティアラもかわいい。明るい髪の色だから、強めの金色でもしっくりなじむわね。いい感じよ」

「あの、この真珠は……?」


 鏡に映ったピンク色の大粒真珠に、ソルちゃんは戸惑っている。真鍮製の麦穂が重なり合いながら両端に向かって細くなっていくデザインに、ところどころ真珠があしらってあるのだ。


「あ、これ? いいでしょ? 白いドレスに合うと思って」

「すごく高いんじゃ……」

「大丈夫よ、研究で余った廃材だから。真珠といっても、訳ありなの。でも、見た目はホンモノと同じだから、心配しないで」

「廃材……なんですか?」

「そう、もとはただ同然で採れたものだから、気にしないで」


 ソルちゃんはしばらく戸惑っていたが、やがてディーネの説明に納得したのか、ぴかぴか光る真鍮のティアラに触れながら、うれしそうに何度も鏡を確認していた。いくつの女の子でもおしゃれは楽しいものだ。


「すごくかわいいわ。肩のところのフリルがちょっと天使の羽に見えるわね。こんな子があぜ道に立ってたら、本物の天使と間違えちゃうかも?」

「も、もう、ディーネさん、からかわないでください!」

「あら、本当よ。ぎゅーって抱きしめたくなるかわいさだわ」


 恥ずかしがって顔を手であおぐソルちゃん。初々しくてかわいらしい。この年頃の女の子にしかない純真さや恥じらいといったものが全身から発散されていた。褒められ慣れすぎてかわいげをどこかに失くしてしまったディーネとはえらい違いだ。


「……ありがとうございます、ディーネさん」


 ソルちゃんはつるつるぷにぷにのほっぺたに両手をあてて、照れたように言った。


 ――守りたい、この笑顔。


 こんな笑顔を向けられたら親御さんはみんないちころだろう。舌たらずの甲高い声が憎たらしい。ディーネも思わず満開の笑顔のほっぺたをつっついてみたくなった。淑女の作法としてはかなりの失礼にあたるので実行はしないが。


 これは絶対にソルちゃんの晴れ姿も見学しに来るしかないなとディーネは思った。きっとものすごくかわいいはずだ。



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