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夏祭りと幼女 (1/4)

 夏の盛りだった。

 ディーネが研究員の要請で知り合いの少女の家を訪ねると、ちょうど少女は留守で、その祖父が応対に出てくれた。


 こぢんまりとした農家の中に通される。中央に大きなかまどがある土間と、隅のほうに簡素な藁のベッドがふたつ。奥のほう、柵の向こうには豚が飼われているのも見える。


 ひとつ屋根の下に人と家畜が共生。家族とも同じ部屋で起居。

 これが貧しい農家の平均的な間取りだった。


「わざわざお越しいただきありがとうございます。なにぶん私は腰が悪いもので、このような格好で失礼いたします」

「ああいえ、お構いなく。お加減はいかがですか」

「なんとか、内職仕事ぐらいはできるようになったのですが……いやいや、お恥ずかしい。本日お呼びしたのはほかでもありません」


 腰を悪くしているというおじいさんは、半分ねそべった格好で、無理に頭を下げようとした。


「わしの孫娘のソルなんですが……実はあの子が、今度地元で開催されるお祭りで主役を演じることになりましてな」


 おじいさんが簡単に祭りの説明をしてくれる。今度開催されるのは農耕神コルンコピアを祝うお祭りで、コルンコピアが夏の終わり頃に村を隅々まで練り歩く、というものらしく、ソルに割り振られたのは豊穣の女神・アネシドラ役であるという。大地に『黄金の矢』を打つ父・コルンコピアの仕事を手伝い、あとを付き従うアネシドラが『恵みの天水』をまきながら畑のそばを通ると、収穫物が重たく実るという伝承に基づいているらしい。


 で、少女はその、アネシドラ役に決まったということだった。


「アネシドラは自分で衣装を用意する決まりです。しかし、あの子ははやくに母親を亡くして、習い手がいなかったせいで裁縫が苦手でしてな……」


 おじいさんは真っ白な服を取り出した。いや……服なのだろうか、とディーネは目をこらす。テーブルクロスのようなものに、不恰好な対角線が入っている。縫い目にデジャヴがあると思えば、雑巾だった。おしゃれ布をつかったぜいたくな雑巾……そんな印象だ。


「……あの子は服が作れませんのですじゃ」


 おじいさんが布の、胴体らしき部分を広げてみせたが、雑巾縫いをされているので、布地が開かなかった。着られないものはさすがに、どうお世辞に工夫をこらしても、服とは呼べない。


「わしも、裁縫はさっぱりでしてなあ。まともな運針などできません」


 おじいさんが取り出したのは、二枚目の真っ白な服……いや、服なのだろうか、とディーネはまたしても目をこらす。ぶつぶつと荒い直線縫いの糸が高級そうな布をふちどっている。なにかに似ていると思えば、しつけ糸だった。しつけ中の白い服……そんな印象だ。


「……お恥ずかしながら、これ、この通りですじゃ」


 おじいさんが布の、胴体らしき部分を広げてみせると、しつけ中の糸たちは儚くプチプチとちぎれ、ただの一枚布に戻った。さながら淡いくちどけのミルキーチョコレートのような儚さだった。


「どうかあの子に、晴れ着を作ってやってくれませんか」


 おじいさんに頭を下げられ、ディーネはひとまず、ソル作の服を手に取った。なめらかなリネンに、ジャガイモの花の意匠が編み込まれている。ジャガイモの花はこの国における吉祥模様で、意味するところは『繁栄』だ。豊穣の女神アネシドラのシンボルマークでもある。


「……布は結構いいものですよね」

「ええ、知人が用意をしてくれたのですじゃ。しかし、裁縫師が……」

「なるほど。話はよく分かりました。でも……」


 ディーネは布を傾けてみる。光の加減で花模様が浮き上がり、とてもきれいだ。


「……私、こういう行事にはうとくて……豊穣の娘の晴れ着っていうのは、どのぐらいデコったほうがいいんですか? 今から二週間で間に合うかしら……」

「デコる……とおっしゃいますと?」

「いえ、つまり、宝石は何個ぐらい縫いつけたほうがいいのか、とか……」

「ほ、宝石など! いただけませぬ!」

「でも、地味すぎてもソルちゃんがかわいそうだし……」

「ほ、ほどほどで! 普通の服の体裁でしたらなんの問題もありませんのですじゃ!」

「普通っていうと、真珠母貝のビーズでキラ感を出す、ぐらいがいいのかしら……」

「ビーズも結構ですじゃ!!」

「あれ、ビーズもだめなの? 難しいわね……じゃあ、刺繍とか……全面に大きなグリフォンの模様を」

「服に! 服にしていただければ結構なのですぞ!?」

「でも、それだと面白くないし……」

「面白いかどうかでデザインを考えるのはおやめくだされ!」


 ディーネはハッとした。長い貴族生活で毒されてしまったのか、『服はなにかしら威嚇的じゃないと』と洗脳されてしまっていたことに、いまさら気づいたのだ。


「ごめんなさい、私どうかしてたわ……そうよね、あんまりド派手だと浮いて困るのはソルちゃんよね。私も派手な服を着させられて恥ずかしかった経験がたくさんあるのに、うっかりしてたわ」

「そうですそうです。服は普通が一番なのですじゃ」


 問題は、ディーネにはその普通がなんだか分からないというところだった。


「ソルちゃんと相談しながら作ったほうがいいかもしれないわね。今日は、ソルちゃんご不在?」

「いえ、それが、あの子はちょっと強情なところがありまして……ディーネさんに頼んでみたらどうかとわしが再三言っていたのですが、馬を貸してもらってるだけでもありがたいのに、これ以上借りを作るのはいやだと申しましてな……」

「そ、ソルちゃん……!」


 なんてけなげな子なのだろう。


「分かったわ。なにか考えてみる。こちらのおじいさん作の布は私が預かってもいいかしら?」

「どうぞどうぞ。なにとぞ、くれぐれもよろしく頼みますぞ……!」

「任せてちょうだい。かならず最高の服を作ってみせるわ」


 ディーネは布を握りしめて、宣言した。


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