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チョコを巡るデスマッチ


 やっぱりここはセバスチャンにも事情を話して、ひとつくらい分けてあげるべきだろう。


「しかし、お嬢様、私は、仕事中でございますから……」

「いいからいいから。一緒に食べてって。私の命令だから、これも仕事のうちね」

「お嬢様……」

「何よ、メガネくんも食べるんだから、別にいいでしょ? ひとりよりふたり、二人より三人のほうが量も減るし」


 研究員は渋い顔をしているが、それ以上は文句をつけてこなかったので、ディーネはセバスチャンにも事情を説明して、チョコの処分に付き合ってもらうことにした。


 無理やり着座させられたセバスチャンが、手持ち無沙汰を嫌ってチョコレートを分けてくれようとするが、内訳を見て彼は顔を曇らせた。


「七個ありますが、お嬢様が五、私どもが一でよろしいのでしょうか」

「なんというジャイアン配分……慎ましいにもほどがあるわ。等分に配ってくれていいよ」


 六個のチョコレートが三人に分配され、一個が残った。当然のようにディーネのお皿に入れてくれようとするセバスチャンを手で制する。


「ああ、私はいいから、あなたたち、どっちかが食べて」


 ディーネの宣言に、彼らは顔を見合わせた。かたや戸惑い顔のセバスチャン、かたや鋭い目つきのガニメデ。彼は重々しく言う。


「……果たし合いですね」


 白衣の裾をまくりあげて手首を回し、準備運動などをはじめるメガネくん。しかし悲しいかな見た目が温厚な草食系なのでまったく怖くはない。同じことをジークラインがやっていたら確実に恐喝罪で通報ものなのに、と思うとディーネは悲しくなった。もしかしたら殺人未遂まで行くかもしれない。


「ちょっとメガネくん、セバスチャンは真面目なんだから、ヘンな冗談やめ……」


 慌てて止めに入ったディーネの言うことを聞いているのかいないのか、セバスチャンは苦悶の表情でうつむいた。


「また……血を見るしかないのですね……」


 ――またってなに!?

 前にも見たことがあるかのような言い回しはやめてもらいたい。虫も殺さぬような美人顔に悲壮感を漂わせないでほしかった。


「どちらかが倒れるまでの勝負です」

「デスマッチか! 半分こしたらいいんじゃないの?」

「半分こ? ハッ」


 メガネくんはムカつく顔でディーネの提案を笑い飛ばした。


「ありえませんね。食うか食われるか。俺たちの掟はそうなってます」

「使用人の世界に譲り合いなど存在しないのですよ、お嬢様」

「そ、そんな……セバスチャンまで……」


 冗談が苦手でディーネのくだらないギャグにも一生懸命ついていこうとしてくれていた真面目なあのセバスチャンが。いったいなぜそこまで。


「ふたりともそんなにお菓子好きだったっけ?」

「好きですね」

「お菓子のためなら死んでも構いません」

「でもね、メガネくん、本当に死ぬかもしれないわよ……だってほら、セバスチャンは……」


 すごく強いから、とディーネが言い終わるよりも早く、セバスチャンの関節技がメガネくんのひじに決まった。状況が把握できていないのか、びっくりまなこのメガネくんの口から、だいぶ遅れて情けない悲鳴があがる。痛い痛いと泣く彼のひじは、あのままもうひと押ししたら破壊されそうだ。


「……じゃあこれはセバスチャンに」


 セバスチャンのお皿にチョコレートを入れてあげると、無慈悲な勝利者はとてもうれしそうにほほえんだ。


「お嬢様のお菓子は、食べると元気がもらえるので、好きです」


 すごくかわいいことを言っているが、彼はさきほどまでひとりの男の関節を破壊しかかっていた強者である。ディーネには彼が血まみれの腸をくわえるポメラニアンに見えたが、メガネくんも同様のまぼろしを見たらしく、めちゃくちゃ引いていた。


「……お嬢様って、結構うかつですよね」


 放心していたガニメデがわれに返ったかと思うと、いきなり意味不明のことを言った。


「どういうこと?」

「スキが多いというか、引き寄せるというか……」

「なにそれ。霊媒体質? こわい」

「分からないならいいですけど……俺は皇太子殿下に同情します」


 どことなく呆れた風のニュアンスを嗅ぎ取り、ディーネはむっとしたが、なぜメガネくんが皇太子殿下に同情的なのかについては、考えてみてもやっぱりよく分からなかった。


 釈然としないものを覚えつつ、チョコレートを食べる。研究員が無駄に脅すので身構えてしまったが、なんともない。期待通りの甘味に、われながらお菓子づくりが上手だなあと思うだけだ。


「なんなの、何が同情の対象なのよ。あいつはなんでもできてなんでも持ってるんだから、可哀想な要素なんてひとつもないじゃない……」

「本当にそう思ってるなら、やっぱり可哀想だなと思いますよ、俺は……」

「何よもう、みんな揃いも揃ってあいつの味方して……私だって自分なりの考えってものがあるんだけど……」

「私は何があってもお嬢様の味方でございます」

「そう言ってくれるのはセバスチャンだけよ……私のチョコもあげちゃう」


 そう言ってディーネは血まみれのポメラニアンの皿に、チョコを割ったかけらをひとつ移したのだった。メガネくんが「ズルい」とかなんとか騒いでいるが、知ったことではない。


 そんなこんなでチョコは秘密裏に処理された。



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