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小馬鹿にされるお嬢様

 ワルキューレ帝国。

 強大な軍事力と、それをバックグラウンドとして得た貨幣への信用力により、金融業でも名を馳せるかの国の皇宮には、国庫を担う超一流の財務顧問たちの姿があった。


 帝国の一地方、バームベルク公爵領の秘密の地下室で、帝国が誇る財務長官と徴税官長が忙しく立ち働いている。当世風の雅やかな胴着は左右の色が違っており、ロイヤルパープル一色に染め抜かれた右身頃と、火炎翼竜の紋章で埋め尽くされた左身頃とが表すのは、どちらも帝国や皇帝家を表すシンボルカラーないし、エンブレムであった。


 先日、ディーネが書類の山を片付ける助っ人として、ジークラインから借りてきたのである。


「書類を言語と地方別に分類いたしました。魔法石を使って巡るにも、そのほうが効率がようございましょう」

「金額が大きく、採算の採れやすいものから順にピックアップいたしました。その他の些末な金額のものは人を雇ってやらせてはいかがです?」

「重要度の高いものはわれらにお任せを」

「あ、ありがとうございます……」


 本職のプロの仕事に、ディーネはただただ圧倒されっぱなしだった。


「で、でも! ひとつだけお願いがございます。進捗は毎度わたくしにお知らせくださいますようお願い申しあげます」


 するとふたりは顔を見合わせて、豪快に笑った。


「なんとなんと! 姫君がわれらの仕事を監督してくださると……」

「ああ、姫はそのような俗っぽい仕事とかかわる必要はありませんよ。すべてお任せください」

「えっ……」

「皇帝陛下も、われらの仕事ぶりに疑問をいだかれたことなど一度としてありませんよ」

「そうなんですの……? では陛下は、おふたりに絶大な信頼を寄せていらっしゃるのですわね……?」

「信頼といいますか」

「貴族の方が金勘定などという卑しい仕事に煩わされる必要はありません」

「強欲な平民どもと同じ振る舞いをするのは貴族の名折れですからな」


 つまりふたりは、暗に『余計な口を差し挟むな』と言っている。

 彼らとしても、何も分からない素人にあれこれ指図されるのは面白くないし、都合も悪い、ということなのだろう。


「で、でも! これはわが公爵領のことでございますから、領主代行たるわたくしが委細を把握すべきですわ!」


 ディーネががんばって反論を試みると、ふたりはまたいやらしく笑った。


「そこまでおっしゃるのなら、記録簿をつけて、提出いたしましょうか」

「しかし、いささか専門的でございますぞ。姫君にはたしてご理解いただけるものか……」

「わたくし、帳簿でしたら多少は読めますわ。ですからすべての金額のやり取りはきちんと記録を取っておいてくださいまし」

「承知いたしました」

「未来の皇妃さまのたってのお願いとあれば、気合も入ろうというものです」


 約束はとりつけたが、なんか小馬鹿にされている感はいなめない。

 仕事に定時報告、会計に監査があるのはごく当然のことなのだが、どうも彼らにはそういう習慣がないようだった。


「お嬢様……」


 かたわらでそっとハリムが目くばせする。あまり衝突しても益はない、抑えてくれ、ということだろう。ディーネもそれは分かっていたので、追及するのはやめて引き下がった。


「では姫、残りの書類を整理する人員もよろしくお願いします」

「そうですな。二十名ほど呼べば、ひと月で片付くことでしょう」


 金額が少なく、取れる見込みの薄い書類の束。その分量を勘案しながら、ディーネは残りの人材を手配する方法を考えた。ここはやはり、母親のザビーネにお願いするのがよさそうだ。


***


 公爵家の家令、ハリムに割り当てられた執務用の離れに、二十名ほどの青年が集まっていた。


 ――公爵夫人であるザビーネによってかき集められたのが、彼ら、帝国の会計学院の卒業生たちだった。裕福な商売人の子息が多いらしく、みな貴族と見まがうようなこじゃれた服装をしている。


 仕事の内容を説明してから、地区ごとに書類を割り振った。


 めいめいに解読を始める彼らをそれとなく観察しながら、ディーネもハリムの横で書類の続きを読みにかかる。


 すると、ひとりの生徒が大げさな声をあげた。


「姫、何をなさっておいでなのです?」


 それに気づいた他の学院生も、いささか侮辱的な節回しでディーネに言う。


「美しい公姫様に会計学など似合いませんよ。刺繍でもされていてはいかがですか?」

「なんで? 私も見る予定だけど」


 学院生たちは、どっと笑った。見れば、帝国の財務長官や徴税官長も失笑を禁じ得ないという顔をしている。


「貴族の方に会計学など務まるわけが……」

「公姫様、これはあなたには少し難しいと思いますよ」

「貴族のお嬢さんには分からないでしょう……」


 クスクスと笑う、お上品なお坊ちゃんたちの声が執務室に満ちた。

 ディーネは不穏な空気を嗅ぎ取って、顔をしかめそうになる。かろうじてこらえ、笑顔を保てたのは淑女としての習慣だった。



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