ジーク様にお願い 3
「ははは、そうか。ショコラは塊にするとうまいって? そうかよ、しょうがねえな」
ジークラインは豪快に笑いながら、いきなり手を伸ばして、ディーネの頭を分厚い手のひらでわしゃわしゃと撫でまわしはじめた。
「ちょっ、なっ、なんですの!? おやめくださいまし、髪の毛が乱れます!」
必死に押し返すと、手はすぐに止まったが、しかし彼はまだ笑っている。視線が生温かいような気がするのはディーネの気のせいなのだろうか。猛禽のように鋭い目つきを甘く笑み崩れさせている彼を見ていると、なぜだかディーネもドキリとしてしまう。
「……何がそんなにおかしいんですの?」
「なんでもねえよ。で、こいつのどこが俺にふさわしい貢ぎ物だって? 言っちゃなんだが、掘り返したてのトリュフにそっくりじゃねえか。どうすごいのか、説明してみせろよ」
「まあ……! 悪いのは見た目だけですわ! 本当においしいんですのよ! 文句をおっしゃるのなら召し上がってからになさいませ!」
挑発されて頭に血がのぼったディーネがペラペラとチョコレートの製法から苦労話までをまくしたてる。
このチョコは溶かし直して固めただけのものだが、そのもととなるチョコの量産化が成功するまでにもいろいろな紆余曲折があった。
もともと飲料のチョコレートを飲む習慣が根付いていたので、チョコレートの原型、カカオマスやココアパウダーはすでにあったのだが、そのままだとザラザラしておいしくないため、なめらかになるまで手を加えるのが大変だった。ディーネが試作品を作製する過程にて、ローラーですり潰す作業開始から一時間ほどで、これは手作業では無理だと悟ったほどである。
仕方がないので、風の魔法使いにお願いした。そのため、コストが跳ねあがってしまい、まだ固形のチョコレートを製品化できずにいる。
――苦労はいろいろあったが、会心の出来だ。
ジークラインはそれを適当に聞き流しながらひと口かじって、また驚きの声をあげた。
「お。いけるじゃねえか」
「当然ですわ! これがチョコレートなんですのよ! さあジーク様、トリュフみたいだなんておっしゃったことは撤回してくださいまし!」
「わかったわかった、悪かったよ。褒めてつかわす」
それからまたジークラインはディーネの髪をわしゃわしゃとやった。
「なっ……ちょっ……やめてったら! なにすんのよ! もう!」
ディーネがキレ気味に手を振り払うと、ジークラインはけげんな顔で手を引っこめた。
「勝手にさわらないでって! 言ってるじゃない!」
ただでさえジークラインの言動は心臓に悪いのに、触られると発作的に頭が真っ白になるのだから、ディーネにはたまらない。
けんつく怒るディーネに、温厚なジークラインも少しむっとしたような顔をしてみせた。
「撤回してほしいっつったのはお前だろうが。よくやった部下に褒賞を与えて何が悪い? 俺の愛らしい婚約者どのを愛でて何が悪いんだよ。なあ、ディーネ。言ってみろ」
「あっ……!?」
――愛らしいですって……!?
「それよりもお前の作ったものが俺を興じさせたことを喜べ。誇りに思えよ、この俺が感心してやってるんだ」
「そっ、そんなもの、あなたに認めてもらわなくたって、もとからチョコレートはすごいお菓子なんだからね! 何様なのよ!」
「ふうん? それほどまでのもんだったのか。悪くはねえけどよ、おれに敗北を認めさせるほどではなさそうだ」
労作を一蹴する姿に、今度こそディーネはかちんときた。
「ほんとに何様!? いっ、いいこと、チョコレートはねえ……!」
それからもディーネはチョコレートのすばらしさを布教しつづけ、ジークラインにたっぷりとよさを語って、楽しい気分でその日の訪問を終えた。
――なんか、喋りすぎたかも……
あとで部屋に帰ってきて後悔もしたが、あとの祭りだ。なぜあのときの自分はあんなにもムキになってチョコのおいしさを力説してしまったのだろう。自分でも自分の行動が解せない。
しかし気持ちよく喋らせてくれるところもジークラインという男の器の大きなところでもあり、悔しいながらもディーネは結構いい一日を過ごしたなと思うのだった。
――ともあれ、こうして帝国の財務部の協力を無事に取り付けた。