ジーク様にお願い
ディーネは皇太子に連絡を取ることにした。体裁としては定期的な訪問なので、ディーネはジークラインへの貢ぎ物として、虎の子のお菓子を持ちだした。
チョコレート。複雑怪奇な行程を経てようやく完成する、あの魅惑の黒い宝石を切り札に持ってきたのである。
お店に出す用のケーキに含まれるチョコレートはすでに職人たちに作ってもらっており、量産体制に入っているので、ディーネはそれを少しわけてもらって、溶かし直して固めるだけで作製することができた。
チョコレートはかつての地球でもワインと並んで訪問時の手土産として珍重された品物だというし、貢ぎ物としてはこの上ない一品であろう。
ディーネは美しくラッピングした小箱を手に、ジークラインの部屋へと足を踏み入れた。
「ご無沙汰しております、皇太子殿下」
ディーネがしゃなりと正式なおじぎ――クニックスと呼ばれる一連の動作をすると、ジークラインは笑いながら「顔をあげろ」と言った。機嫌をよくするには成功したらしい。順調な滑り出しだ。
見上げた先のジークラインはあいかわらず目が眩むほどの男前だった。あまり長く見つめているとだんだん正常な判断力が失われていくので、ディーネは早々に視線を外す。
――本当にこの人なんかの呪いにかかってやしないだろうな。
「ずっとお会いしとうございましたわ、殿下」
なるべくしおらしく聞こえるようにディーネが猫なで声を出すと、ジークラインはうれしそうにちょっと口角をあげた。
「そうかそうか。俺がいないと退屈だろう? なあ?」
「……ええ……」
ディーネははやくもジークラインの自信過剰な言動に鳥肌が立ってきた。この男、物語の主役級に優れた能力を持ついい男ではあるのだが、発言もそれに見合った不遜なものが多く、ディーネが地球で暮らしていた頃の厨二病作品に酷似している。
なのでディーネは、彼の話をずっと聞いているとカユくなってくる。
「もっと拝謁の機会を設けてやったことに対して感謝の念を表明してもいいんだぜ? 特別に許してやる」
「くっ……ありがとうございます……!」
ディーネがひそかに悔しさを覚えていると、ジークラインはおかしそうに笑った。
「ははは! いい表情するじゃねえか。なんだ、ディーネ。さては何かたくらんでやがんな? 今日はなんのつもりでおとなしくしてるんだ?」
どうやら、これだけのやり取りでディーネの魂胆はすっかり見抜かれてしまったらしい。恐ろしいほどの勘の良さだった。
「小賢しいのは気に食わねえが、おれを楽しませようってぇ心がけはよしとしてやんよ。で、今度は何をたくらんでる?」
ディーネはテーブルに用意された紅茶セットに近づき、覚悟を決めた。あまりもったいぶって引き延ばして、機嫌を悪くされたら元も子もない。とっとと素直に吐いてしまうのが最上だ。
「実は、父の秘密の宝物庫から、未整理の契約書類の山が発掘されまして。ざっと倉庫ひとつ分ほどございますの。大急ぎで整理しているのですけれども、なにぶん量が膨大なものですから……」
「誰かの手を借りたくなった、ってわけか」
わずかな説明のみですべてを察してくれるところもジークラインのすごいところだった。ディーネにはありがたくもあり、やりづらくもある。駆け引きもなにもあったものではない。
「先日、殿下のお取り計らいで、財務長官さまと、徴税官長さまにごあいさつさせていただきましたわね」
「ああ。それで?」
ジークラインは楽しげだ。ディーネが自分を頼りにしているという状況に愉悦を見出しているらしい。
「財務長官も、徴税官長も、おれがひと声かければお前の手足となって動く。それで? ディーネ、お前がひと声かければこの俺をも意のままに動かせる――なんて思い上がりをしちゃいねえだろうな?」
回りくどいが、要するに見返りを暗に要求しているのだろう。
ジークラインは厨二病にかかっているのでやたらともったいぶっているのであった。
「あら、ジーク様はわたくしに困ったことがあればすがりにこいとおっしゃいましたわ。お忘れになりましたの?」
「ああ、言ったとも。おれに二言はない」
「でしたら……」
「すがれ、と言ったんだよ。おれはな。ディーネ、お前は誠意の見せ方ってもんを知らねえのか? 困り果ててやむなく帝国皇太子たるこの俺の手助けを求めてるってんなら、それなりの頼み方をしてみせろ」
ジークラインは不遜なしぐさで胸に手を当て、迫力のある美貌でにやりと笑ってみせた。常人よりも頭ひとつ抜けて大きく立派な体格の彼にかかると、大仰な動作もばっちりと様になるのだからすごい。それがどれほど芝居がかったものであろうと、彼ならば恥ずかしくないと思わせるだけの魅力があった。
「お前が泣いて乞うなら、この俺も動かせるかもしれねえぞ。帝国全土に並ぶものなきこのジークライン・レオンハルトが、だ」
「え、えらそうに……!」
めっちゃむかつくが、お願いをする立場なのは彼の言う通りである。