弟たちと夜
深夜のことだった。
ディーネは自室で熟睡していたが、扉をうるさく叩く音でうっすらと覚醒した。
「姉さま! 姉さまー!」
弟、イヌマエルの声だった。ディーネは驚いて飛び起きた。急いで扉を開いてみれば、ぬいぐるみ片手にパジャマのすそをひきずっているイヌマと、ナイトキャップをしっかりかぶったレオが立っていた。
「イヌマ!? それにレオも……あなたたちどうやってここに……」
ディーネの部屋と弟たちの部屋は、棟が離れているばかりか、どちらの入り口も夜間はしっかりと施錠されている。簡単には行き来できない。
「昼のうちに窓をひとつ開けておいた」
「侵入したのね……だめじゃない、そういうことしちゃ……」
叱ろうとするディーネをさえぎって、イヌマが飛びついてきた。
「姉さま、とっても怖い夢を見ました。僕たちと一緒に眠ってください」
「ふたりで寝たら怖くないでしょ?」
「レオも怖い夢見たんですよ! ねーレオ?」
レオが小さくうなずいた。もともとむすっとしている子なのだが、どことなくしょぼくれている。この子がこんな顔をするなんて、どれほど怖い夢を見たのだろうと、ディーネは少しかわいそうになった。
「……毛がどんどん抜けていく夢を見た」
「それは怖い」
「目がさめたらイヌマが……俺の髪をぎちぎち引っ張っていた」
「イヌマ、ちょっと姉さまと話をしましょう」
「このままイヌマと一緒に眠っていたら丸ハゲにされそうで怖い」
「イヌマ、あなた兄さんに向かってなんてことするの」
「僕だって夢を見てたんですよー! 化け猫がおいかけてきて! こう、ひげをえいっと!」
「イヌマ、レオが怯えてる」
頭を押さえながら、真っ青になってしまったレオとにこにこ顔のイヌマを交互に見やり、ディーネは、まあいいか、と思った。
「今日だけだよ」
「やったあ! ひえひえの冷却魔法つきのベッドわあい!」
「忘れないで。それ私のベッドだから」
「ついでに姉さまもわあい」
「心にもねえな!」
ディーネを真ん中に、イヌマとレオが川の字に寝そべった。ディーネが心持ち少し多めにひやっとする魔法をかけてやると、イヌマは歓声をあげて喜び、レオはうれしそうに伸びをした。
「姉さま、姉さま」
「どうしたの」
「あのね、僕、一緒に寝るのだめって言われたとき、とっても悲しかったです」
「……うん」
記憶が戻る前のクラッセン嬢は弟たちをとてもかわいがっていた。現在のディーネもかわいいと思っているが、やっぱり少し遠慮が入ってしまう。以前のように接しようとしても、難しいものがあった。
「姉さまに嫌われてしまったのかと思いました」
「そんなことないよ。ふたりとも大好きだよ」
レオとイヌマの頭を抱き寄せる。
「姉上の授業にも驚かされました。変わったことをなさっている」
「うん……そうね」
「姉さま、姉さまが、遠くに行ってしまうみたいで、僕は寂しくなりました」
「うん……」
ディーネはベッドの天蓋を仰ぎ見た。真っ暗で何も見えない分、心の内側がのぞけるような気がした。
確かにディーネはクラッセン嬢と比べると少し気が強いかもしれない。でも、それは表面だけのことで、中身はやっぱり変わらないような気がするのだ。臆病でくよくよしているのもディーネなら、おおらかであまり人を恨まないのもまたディーネだと思う。
強気にふるまうのは小心さの裏返しだ。本当はいろんなものが怖くて仕方がないから、自分を大きく見せようとする。見せかけの部分がどんなに変わっても、根っこのところはそうそう変化しない。
「――でも、こうしてまた一緒に寝てくれる姉さまは、前と変わらない、やさしい姉さまなんだって分かって、安心しました」
「イヌマ……」
「僕は明日も明後日も、来年も再来年も、夏はずーっと姉さまと一緒がいいです」
「……夏だけなのかな……?」
「夏の暑いときは姉さまのやさしさがしみます!」
「冷房の間違いじゃなくて……?」
「僕も姉さまのようなやさしい人になりたいです! 姉さま、氷の魔法も教えてください!」
「氷の魔法はやさしさじゃないよ!」
口やかましいイヌマとは対照的に、レオはディーネの肩に頭を置き、肘から先に移動し、二の腕のところに頭を置いてみてから、満足したように鼻を鳴らした。たぶん、そこが一番冷えていて気持ちよかったのだと思う。寝心地のいいところに落ち着いたネコはてこでも動かないが、レオの寝場所探しはちょっとそれに似ていた。
――そのうちイヌマが速攻で寝落ちたので、ディーネもつられて眠ってしまった。




