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着せ替え人形とジークライン

「おもしれえ格好してんな」


 婚約者ジークラインのお部屋をまったりと訪問中。

 紅茶を飲みながら、ひと段落ついたところで。


 半笑いのジークラインにマントの裾をくいっと引っ張られて、ディーネはかーっと頭に血がのぼるのを感じた。やっぱりこの格好は浮かれすぎだったんじゃないのかと今さら不安になったのだ。着替えてくればよかったと後悔した。


「こ、これは! 侍女たちが!」

「ふうん? ま、いいんじゃねえの。大事なのは中身だ、中身」

「外側も、だいじだと、思うけどー!」

「外もまあ、好きなやつは好きなんじゃねえの? 女は好きそうだな。俺の好みじゃねえけど」

「私だって好みじゃないし!」


 ジークラインからマントの裾を取り返し、半円形のそれで全身をぴったり隠してしまうと、ちょっと落ち着いた。


「隠すほど嫌なら着なきゃいいじゃねえか」

「だってこれはっ……」


 ジークラインもきっと気に入ると言われて、そのまま鵜呑みにしてしまったのだ。あのときの自分はどうかしていたとしか思えない。


 けれどもそれを正直に白状するのもしゃくだった。別にジークラインから気に入られたくて着たとかではなく、これが流行りだと言われて納得してしまっただけなのに、あらぬ誤解をされそうだ。


 ジークラインはひとりで突っ張っているディーネをどう見たものか、笑いをこらえきれない様子で言う。


「……おれを喜ばせたいんなら、もっと布を減らしてこい」

「だっ、だれが! あんたなんかに!」


 ディーネが必死で否定しても、ジークラインは揺るがなかった。


「いい女に余計な飾りはいらねえ。そうだろ、ディーネ?」

「うるさいし、知らないしー!」


 やいやい言いながら、ディーネは紅茶をひと口含む。


 ふと、室内のインテリアに目を留めた。いつもと違う気配がしたのだ。ベッドの天板に、人形が置いてあるのがその理由らしい。見覚えのある髪型、洋服――ディーネの姿に似せた『ディーネちゃん人形』が、なぜかちょこんと鎮座している。


 ディーネはあやうく紅茶を噴きだすところだった。


 改めてジークラインの部屋を見渡す。大小の武器防具が陳列されたコーナーあり、神話の英雄が獅子を倒す名画ありの、どちらかといったら武将の風格ただようお部屋。

 そこに、かわいい女の子の着せ替え人形がぽつねんと置いてある。


 ――しかもベッドサイドて。


 まさかとは思うが、この格闘ゲームの強キャラみたいな風貌のジークラインは、いまだに夜眠るときのおともぬいぐるみを必要としているのだろうか。


 そのぬいぐるみが自分の名前つきとあっては、ディーネも心穏やかにはいられなかった。


「あの……ジーク様……あれは……」


 ディーネがおそるおそる人形を指し示すと、ジークラインはさも不思議そうなそぶりで立ち上がり、それを手に取った。


「なんだ、こりゃ?」


 女の子の襟首を猫つかみでつまんで持ち上げるジークライン。かわいらしい人形が、おそろしいほど似合っていない。


「『ディーネちゃん人形』……?」


 服につけられたタグを引っ張り、読み上げて、ジークラインは人形とディーネを交互に見比べ、いきなり笑い出した。


「ははは。なんだこれ、お前か?」

「……モデルはわたくしなんだそうですわ」

「使用人が気を利かせて置いてったのかもな。いや、お前だと思って見るとなかなか味がある」


 ジークラインが人形のほっぺをうりうりと指先でつっつく。

 ディーネは直接触られてるわけでもないのにこそばゆくなった。セクハラはやめてほしい。それと大男が人形をつつきまわしてる絵面も犯罪くさい。


「趣味じゃねえけど、まあ、いいか。邪魔なもんでもねえし、置いといてやってもいい」

「そっ、それを、どうするおつもりですの!? まさか服を着せたり脱がせたり……!」

「しねえよ、馬鹿。お前は俺をなんだと思ってやがるんだ。捨てるのも可哀想だと思っただけだ。嫌ならお前が持って帰れ」


 ジークラインに人形を手渡されそうになって、ディーネはちょっと困った。部屋に自分の人形が増えてもうれしくない。むしろ引き取り拒否されたという悲しみが募るだけだ。


「いるのか、いらねえのか、はっきりしやがれ」

「だ、だってっ……」


 ジークラインは受け取ろうとしないディーネを見て、あくどく笑った。

 人形をこれみよがしに抱きしめる。


「お前がどうしても、ってんなら、抱き枕にしてやってもいいけどよ」

「はっ、はあ!? いみわかんない!」


 なぜディーネがそんなことを頼まなければならないのだ。だいたい人形を抱えて眠るジークラインなんてどう考えても絵面が犯罪じゃないか。かわいくないしほほえましくもない。寝るときも剣を手放せない戦闘狂の男――といったような、いかにもハードボイルド系の風貌しといて人形と添い寝はきつすぎる。


 そう思いながらも、心のどこかでちょっとときめいてしまっている自分を発見し、許容できずにディーネはキレた。


「やっぱり返して! 持って帰る!」

「欲しけりゃ力づくで取り返してみろよ」

「きいい! かえして! かえしてー!」


 ジークラインは背が高いので、人形をめいっぱい高いところに持ち上げられるとディーネには届かない。椅子から立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ねても全然だめだった。


「はぁ……はぁ……もう……好きにすればいいじゃない……」

「言われなくても、俺はいつだって俺の思うがままに行動してんだよ。誰の指図も受けねえ」


 ジークラインは卒業できない厨二病発言をまたしてもかまし――


 信じられないことに、人形を愛でるような目つきで見て、腕をくいっとつまみあげた。


「こうして見るとなかなかかわいいじゃねえか」

「い、いやあああああ!」


 最悪の光景だった。なのに、自分の分身が大切に扱われているところを見ると、むずがゆくなってしまう。気持ちが悪いはずなのに、それ以外の感情が芽生えかけて、ディーネはもう絶叫するしかなかった。


 ――こうして七月の訪問も、生産性のないまま終わった。


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