コスプレをするお嬢様
公爵令嬢ディーネには婚約者がいる。皇太子のジークラインだ。
月に一度は訪問しろという侍女の勧告に従い、ディーネは彼女たちに身支度を整えてもらっているところだった。
「できましたわ、ディーネ様!」
レージョがブラシを置いて、満足げに鏡を持ってくる。後頭部がよく見えるようにとディーネの顔の左右に鏡を掲げてくれた。
正面鏡に映りこんだ反射像を見て、ディーネはちょっと応答に困る。派手も派手、とんでもない髪型だった。というのも、複雑な編み込み頭のてっぺんに黒いとんがり帽子を乗せ、花やら金貨やらネットやらでごちゃごちゃと飾り付けてある。
「……今日はいつにもましてえらく盛ってくれたわね」
「最新流行ですのよ!」
「お誕生日会の主役の子みたくなってるんだけど……?」
「とんがったお帽子をかぶせて、まわりにお花や金貨を散らばすのが今一番チョベリグなのですわ!」
「死語感ヤバいけど……?」
「皇太子殿下の御前にお出になるのですから、このぐらいは気張りませんと!」
「そうなの……?」
レージョは帝都の最新流行のファッションなどが好きらしく、斬新な服や髪型に仕立て上げてくれるのだった。それはいいのだが、本当にこれはイケてるのだろうか。
ディーネは不安になってドレスに合わせる小物をきゃいきゃい言いながら合わせてるシスとジージョに声をかける。
「……ねえ、これ、本当にかわいいの?」
「あらすてき!」
「レージョさんのセンスは抜群ですわね~!」
「……そうなの……?」
「ディーネ様はすらっとした端整な美人さんですから、少しくらい派手がましくても嫌味ではありませんわ!」
「そ、そういうものなの……?」
ディーネはよく分からなくなってきた。ファッションは時代の価値観に左右されやすいので、いろんな時代の価値観が知識としてあるディーネにはなんとも判断しづらい。
「お洋服はこちらで決まりですわねっ!」
シスが見せてくれたのは、例の魔法蜘蛛の繊維による正装。つまりぱっつんぱっつんのセクハラ衣装だ。
「本日は黒いとんがり帽子に合わせてみましたわ!」
真っ黒なローブ風の衣装。ディーネにはどうしてもアレにしか見えない。
「ま、魔女っ子……」
「きゃあ! お腰もおみ足も細くていらっしゃるからよくお似合いですわぁ~!」
「ああ……うん……服がこれなことを考えたら、髪型くらいどうでもいいかなって思えてきた……」
――そのうち服の開発にも着手しよう。
ディーネはひそかにそう決心したのだった。
「きっとジーク様も惚れ直しますわよ~!」
名前を出されて、ちょっとだけドキリとする。
「あいつは子どもっぽいの好きじゃないんじゃないの?」
「なにをおっしゃいますの! 清楚でおかわいらしいディーネ様のちょっと違う一面!」
「これはジーク様ならずともみなさまドキッとしてしまいますわぁ!」
「そ……そうかな……?」
ジークラインに褒められるところを想像すると、なんだかくすぐったいような気がする。
ディーネは照れながら鏡をもう一度確認してみた。
お誕生日会の主役の子がよくかぶってるようなとんがり帽子の、ゴス風魔女っ子ドレスを着た、結構いい年齢の女の子がそこにいる。さらに悪いことに、『仮装とかはそろそろ恥ずかしいな……』という心の声が聞こえてきそうな、性格の引っ込み思案さが表情に出ていた。
「……ハロウィンかな?」
「はろ……なんですの?」
「ね? とーっても素敵でございましょう?」
「仮装大会にしか見えない……」
「もう、芸術の分からない方ですわぁ!」
――だって爆発しちゃってるんだもの……
ディーネは思考を停止することにした。侍女が三人も集まって絶賛してくれるのだから、ヘンだと思うディーネのほうがおかしいのだろう。きっとそうに違いない。
そうだといいな、と、ディーネは真夏の青い空を遠くに見ながら思った。