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悪役令嬢の捨て台詞


「ははははは、これ以上笑わせんな、腹いてえ!」


 しばらく抱腹絶倒していたジークラインだったが、やがてつきものが落ちたようにさっぱりとした顔で「いやー、久しぶりに笑った」と言った。


「何があったんだ? 今日のディーネはいつもと全然違うじゃねえか」


 ディーネはぎくりとした。

 まさか前世の記憶が戻りましたとは言えない。


「はじめは何らかの魔術で精神汚染を食らったのかと思ったけどよ、どうもそれとは違う感じだな。あれは独特の壊れ方をするから、喋り方でなんとなく分かるもんだけど、ディーネのは、そうだな、『視野が広くなった』って感じか」


 ジークラインは天才的な魔法使いでもあるので、ひと目で相手の精神状態なども見抜けてしまうのである。

 前世の記憶が戻ったことまでは荒唐無稽すぎて考えが及ばなくても、それに近い状態だということは察したようだ。恐ろしい観察眼だった。


「いいぜ、従順な女も嫌いじゃねえよ。けどな、この俺の女として選ばれるからには、俺を飽きさせない女でいてくれねぇとな。おれは買うぜ、その心意気」

「え、あの……?」

「そこまで言うならやってみろ。公爵家の資産三分の一相当の持参金を本当に準備できたら、婚約は破棄してやってもいい」

「本当ですか!?」


 ディーネは思わず彼の顔をまじまじと見てしまい、後悔した。美形のアップは心臓に悪い。


「ただし、いつまでもってわけにはいかねえから、そうだな、一年間はひとまずがんばってみろよ。それで無理なら俺のものになれ」


 ジークラインはディーネの長い髪をひと房拾い、指先でもてあそびながら、危険な香りのするニヤリ笑いを浮かべた。いわゆるイケメンにしか許されない感じのアレだ。同じことをフツメンがやったら通報される。


 ディーネは一気に体温が上がりそうな錯覚を覚えて、目を逸らす。

 か、かっこよくないかっこよくないこんなの全然かっこよくなんてないんだから!


「まあ、一年がんばれなくても構わねえけどな。いやになったらいつでも言いにこい。俺は寛大だからな。女の失敗は許してやることにしているんだ。何度でもな」


 ディーネはぞわりと鳥肌が立った。

 なぜこいつは厨発言をかまさないと気が済まないのだ。なぜだ。


「分かりました。一年やって成果が出せないときはまた考え直します。……でも!」


 公爵令嬢の意地として、せめても怖い顔をとりつくろった。


「わたくしは皇太子さまとの政略結婚を考えるだけであって、あなたの女になるわけではありません! 所有物のように言うのはやめてください!」

「ははははは! いいね、気の強い女は嫌いじゃない。ちょっと見ねえ間にイイ顔するようになったじゃねえか」


 ジークラインは上機嫌に言って、上から下までじっくりとディーネを眺める。見られているディーネは気が気じゃない。自分がぴたぴたのセクハラ衣装だということを今さらながらに思い出し、頬が熱くなった。


「いいぜ、俺の助けが必要ならいつでも言えよ。何度でもすがりにこい。そのたびに許してやる。気が強くて、いい女の涙はまた格別だ」

「まあ……」


 なんたる傲慢。ジークラインはディーネが失敗すると最初から決めつけているようだ。


「覚えてらっしゃい……!」


 わなわなと震えながら、ディーネは気づけばそう口にしていた。


「目にもの見せてくれますわ……!」


 ――しまった、これ完全に悪役令嬢のセリフじゃないの。


 後悔したときにはもう遅かった。

 ジークラインは非常に上機嫌な様子で使用人を呼びつけ、大規模なお茶の席を用意するように言った。続けて宮廷づきの文官たちを次々と呼び寄せる。


「おれの愛らしい婚約者どのが領地の経営を本格的に学びたいらしい。レクチャーしてやってくれ」

「はっ」

「かしこまりました」


 選び抜かれた精鋭の文官たちが手に手に書物や帳簿を持ってディーネに迫る。


「ちょっと! わたくし、ジーク様の手助けを求めたおぼえは……!」

「サービスだよ、ディーネ。喜べ。おれがここまでしてやることは滅多にない」


 ジークラインは無駄なカメラ目線でディーネにほほえみかけた。


「身に余る光栄だろ?」


 その瞬間、きゅーん、とディーネの胸が激しくうずいたのは、なにかの病気だからだろうか。若年性の更年期障害かなにかだろう。そうだと思いたい。


 ドキドキする胸をおさえて、ディーネは一生懸命素数を数える。

 一刻も早く落ち着きを取り戻したかった。


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