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こうして帝都に平和が訪れた

 競馬場の初開催から二週間後、七月のある日。


「……政治活動なんかするような人たちって、そもそもが『ハマりやすい』のよね」


 ディーネの声が、冷え冷えとした地下牢にこだまする。

 中に捕らわれているのは、偽造の馬券を換金しにきて御用となった、カナミアの残党たちだ。


「ランダム要素の強いものにも、きっとなにかの法則が隠されている、って思っちゃうのよね。どうにかしてその法則を暴きたててやろう、こちらの理論で正しく組み直してやろう、って意気込んで、システムのバグ――小さな穴なんかを見つけてしまうと、もうだめなの。この穴に気づいたのはきっと自分だけ……そう思うと、快楽物質がどばっと出てしまって、その瞬間に見境がなくなるのよ。だから絶対に気がつかないの。……自分が、その、わざと空けた穴に、『誘導されている』……だなんて」


 牢にいる男たちは、牢の鉄棒に取りすがり、ここから出せとしきりに喚いている。


「ねえ、皆さん。楽しかったでしょう? 競馬なんてくだらないって言いながら、誰よりも足しげく競馬場に通って、一生懸命偽造の馬券づくりに励んで……気づけば王国復興の同志たちも散り散り、最初の熱意もどこへやら……もう、大金を稼ぐビッグチャンスに夢中で、他のことなんて考えられなくなっちゃったんでしょうね」


 ディーネはひらひらと馬券を振ってみせた。


「いい夢が見られてよかったわね」


 ――こうしてディーネの目論見通り、『暇人には暇つぶしを大作戦』は成功した。

 帝都のカフェには、もう帝政を非難する過激な工作員などどこにもいない。


 平和になったカフェには、いつも通り、買い物途中の一般市民が憩いを求めてやってくる。

 少しだけ変わったことといえば――


 競馬に熱狂する人たちの姿が、ちょっとだけ増えたことだろうか。


 帝都アディールは、今日も平和だった。


***


「カナミアのやつらの奇襲がぱったりとやんだ」


 ジークラインが感心したように言う。


「お前が『競馬場を作れば反乱がやむ』って言いだしたときは、正直全然信じてなかったが、まさか本当になるとはな」

「まーそうね……風が吹けば桶屋が儲かるみたいな理屈だものね……」


 ディーネがちょっといじけてみせると、ジークラインは苦笑した。


「見直したぜ」

「でも、これで帝都が平和になったんだから、なんかご褒美ぐらいあってもいいんじゃない?」

「そうだな……」


 ディーネの図々しい要求にジークラインはまた少し笑ってから、ふとつぶやいた。


「……あの競馬場の土地はどうだ?」


 競馬場の設営には皇宮の側の土地を借りている。

 始めは買う予定だったのだが、大金貨で三千枚超すると言われて、仕方なく一年契約のレンタルに切り替えた。借金を減らすどころか、大幅に増えてしまうではないか。


「土地がどうしたの?」

「お前にやるよ」


 これにはさすがのディーネもあごが外れるほど驚いた。


「えええええええ!?」

「よく働く臣下には相応の報いがねえとな。大儀であったぞ、ディーネ」

「でっでもっ、あんな大きな土地っ……!」


 ディーネの持参金の三分の一にも相当する贈与を、なぜこの男はあっさりと決められるのか。


「今度こそ俺の偉大さに声も出ねえか。なあ、ディーネ」


 いつもなら聞き流せる厨発言も、このときは胸を打った。彼が格好いいからときめいているのか、それとも大金に目がくらんだからなのかはこの際詮索しないでおくにしても。


「そんな、いくらなんでも……」

「遠慮するこたねえよ。どうせお前が俺の妃になりゃあ戻ってくる土地だ」

「わっ、わたくし、あなたの妃になんてっ……!」


 ならないんだから、とは言えなかった。

 ジークラインが真正面からディーネに迫る。ディーネは声を出すことも忘れて見とれた。男性らしさを強調する顎のラインさえなければむしろ中性的といってもいいほど端整な目鼻立ち、鋭い視線を放つ深い眼窩。あらゆる女性がロマンスの相手として思い描くような男の理想像がそこにはあった。


「妃になんてっ、絶対ならないっ……!」

「おーおー。言うねえ。ま、そんときゃあれっぽっちの土地ぐれえくれてやんよ。手切れ金代わりにな」


 ――あれが手切れ金代わりだと……!?

 皇太子の財力半端ない。


「……はん。土地なんて小せえもんでビビってんじゃねえよ。最上級の褒賞が、目の前にあるじゃねえか。まだ分かんねえのか?」

「な、なんの話……?」


 完全にビビりが入っているディーネのあごを、ジークラインの指がとらえた。

 なすがまま上向かされても、瞳をそらせない。


「……今日は逃げねえのか?」


 低い声でささやかれ、指先までジンとしびれた。

 アップになった美しい瞳が愉悦に細まる。


 笑われて、悔しいと思っても、身体が動けなくなっていた。


「や、やめて……」


 弱々しい懇願を、彼は鼻で笑い飛ばす。


「褒美は、このおれの寵だよ、ディーネ。お前にとっちゃそれが一番価値のあるものだろ?」


 ごく優しくそう嘯かれて、気持ち悪さにゾワリとした。


「俺の妃になりゃあ、世界の半分がお前のもんだ。帝王たるこの俺の器の大きさにむせび泣け。忠義を尽くせる僥倖を噛み締めろ」


 ディーネはハリネズミのように全身を毛羽立たせた。

 金縛りが解け、猛烈な勢いで後ずさりを開始する。


「……いいいいやああああああああああ!!! 厨二病ううううううううううううう!!!」


 ――やっぱりこんな人の嫁とか絶対無理ッ!


 そう認識を新たにしたディーネの悲鳴は、いつまでも響き渡ったのだそうな。


第一章・完

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