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有価証券と製紙技術の相関関係

 馬が各レーンに並び、レースのスタートを告げる祝砲が撃たれた。

 走り始めてからの熱狂もまたすごい。叫び声がうるさくてテントの中の会話にも苦労する有様だ。


「開幕からトップに躍り出たのは、おおっと、三番、シュバルツメイデン――! あとから追い上げるのは五番と一番だぁ!」


 何番の馬がトップに迫ったとか、僅差だからこの後の展開も目が離せないとかいったような内容のアナウンスが流れている。


 パパ公爵が、なぜかマイクや拡声器のような働きをする魔法の研究にも余念がなかったので、このうるささの中でも問題なく声が届いているようだ。おそらく軍の統率に必要だからだろうが、ヘンなところで地球よりも進んでいるのが面白い。


 熱狂の裏側では、反乱を起こしたい人たちとの攻防が続いているが、それを感じさせないスムーズな運行だ。


 裏方の司令室で、転生令嬢のディーネは、賭け票の仕分けと集計に大わらわのスタッフを見守っていた。


「購入された賭け票、十万票を超えています!」

「無理です、集計しきれません!」


 ――がんばれ……!


 ディーネには見守ることしかできない。

 賭け票はシンプルに紙を使った。半券にスタンプを押すやつだ。

 製紙の技術はよその国が持っていた。


「十万票ってことは、一票あたりの最低購入金額が小銀貨十枚だから……」


 最低でも大金貨百枚分のお金が動いているということになる。

 そのうち胴元であるディーネたちの取り分は二十五パーセントほどなので、一回の興行で大金貨で二十五枚程度儲かっているということだ。

 もちろん、全票が最低金額で買われているということはないから、おそらく結果はこの数倍~数十倍近くに跳ね上がる。


 さらに、入場料としてひとりあたり小銀貨二十枚、五万人分で大金貨百枚を徴収済みだが、こちらはもっとも多くのレース順位を当てた人に特別贈与されるので差し引きゼロ。


 たった一回の興行でこれだ。


 もしも競馬を毎週三度は欠かさず開催するようになったら――?


 来客数はさすがに減るだろうが、収入がたとえこの十分の一、五千人程度になったとしても、毎週自動で金貨三十七枚と半儲かるとしたら、九か月後には大金貨千三百五十枚程度の儲けになる。


 世界的にも類を見ない興行であることと、転移魔法の使用込みで外国客を誘致することも視野に入れれば、来客数にはまだまだ伸びしろがある。


「なんかもう、これの興行だけで普通に食べていけるわね……」


 ――領内にも競馬場を作ったほうがいいかな?


 思案している間に、開幕のレースは終盤にさしかかろうとしていた。


 実況の人がうなり声をあげている。熱狂も最高潮だ。


 会場の盛り上がりぶりときたら、尋常ではない。警備員として本物の軍隊と、その指揮官としてジークラインを借りてこれたからよかったものの、そうでなければ危険だったかもしれない。フーリガンのようなものが発生していた可能性もある。


 ――やっぱり、皇宮のそば以外には置くべきじゃないかも。


 ここならなにか起きても最悪の場合はジークラインがなんとかしてくれるが、領内ではそうもいかない。


 まだ学校の普及もままならないようなところにいきなり娯楽だけを作っても、領民に悪影響しか与えないことは目に見えている。


 治安の悪化なども懸念される。

 まだまだギャンブルはお上から一律で禁止しておいたほうが無難だろう。


「ああっとぉー奇跡の大逆転劇ィィー!! 一位――! 四番ロートヒルシュ――ッ!」


 一回目のレースが終わったようだ。

 ものすごい人数の絶叫が聞こえる。


 楽しんでいただけて何よりです。


***


 すべてのレースが終了した。

 有り金をはたいてしまったダミアンは、カフェでこの先のことをゆっくりと思案していた。


 ダミアンはカナミア王国の王家の生き残りだ。国が併合されて以来、奪還のチャンスを狙って、同志たちと帝都で徒党を組んでいる。


「おい、どうするんだダミアン! 資金にも手をつけちまって……」

「だから俺たちは反対したんだ!」

「競馬なんてくだらないもんに金をつぎ込みやがって……!」

「そうだな……」


 彼らの手にあるのは幾多のブタ札。賭け票で、負けが確定した紙くずの束だ。


「……なあ、この賭け票、何の素材でできてるか分かるか?」

「さあな……獣皮じゃねえことは分かるが」

「これはな、木の繊維から作るんだが……」


 ダミアンは偽物の票を手の中で弄ぶ。透かしが入っているわけでもなければ、偽造防止の図案が入っているわけでもない。ただの粗悪な紙に、日付とレース番とシリアルナンバー、それから割り印が入っているだけ。


「……この賭け票、ずいぶんつくりが雑だと思わねえか?」

「あ? ああ……急ごしらえなんだろうな」

「このぐらいだったら、よく似た偽物がすぐに作れそうだ」


 ダミアンの発言に、誰もがハッとした。


「……ペラ紙一枚偽造して、大金と交換できるんなら、安いもんだと思わねえか?」

「ああ……!」

「くく……ワルキューレのやつらは能無しの集まりだぜ。こんな簡単なことにも気づかねえんだからな」

「くだらねえもんに夢中になってる連中から、俺たちは賢く金だけいただくとするか……」


 ――そして、その日から彼らの競馬場通いと、製紙への研究活動が始まった。


大金貨一枚=小金貨十枚

小金貨一枚=大銀貨二十枚

大銀貨一枚=小銀貨五十枚

小銀貨一枚=銅貨百枚



大金貨

一枚で庶民が数か月暮らせるほどの価値を持つ。

ディーネの試算によると日本円換算で五十万~百万円。

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