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馬とドラマとセレブと厨二

 公爵令嬢のディーネは多額の借金返済のために奔走している。

 競馬場の設立もその一環だ。


 ギャンブルは非常に儲かる。

 ただし、胴元に限る、と注釈がつくが。


 人を多く集められれば、入場料だけでも相当な金額になる。

 今回は他にない興行ということもあり、小銀貨で二十枚ほどと、かなり高額の入場料を設定した。


 場所は皇宮のすぐそば。土地を買い上げ、地面をならし、ロープで区切っただけの簡易な客席とレース場を用意する。


 そして競馬開催当日。


 施設そのものは本当に簡易なものだったが、入場希望者が殺到し、数万人がつめかける事態となった。すでに大金貨で百枚近い入場料をせしめている計算になる。


「会場、もう満杯です! 人が入りきりません!」

「外にも場所を用意して! もうロープで区切ればいいわ! 賭け票だけは切らさないで!」


 簡易の司令室と化した幕舎の一角で、ディーネはスタッフたちとやり合いながら、開会式の様子をちらりとうかがい見る。


 満員御礼の会場に、皇妃のベラドナが姿を現す。出てきた瞬間の熱狂はちょっと異様なほどだった。ベラドナは悩殺的な肢体の美女で、ハリウッドセレブも顔負けの色っぽい衣装を着ている。


 この国の人たちはド派手な美女を好む傾向にあるようなので、ディーネの人選は大当たりだったようだ。

 静粛にするよう衛兵たちが触れて回り、会場がようやく静かになる。


 そこに、皇妃がおもむろにハスキーボイスをはりあげた。


「競馬は、ドラマよ」


 セクシーすぎるお衣裳の皇妃さまが大げさな身振りを入れると、会場はまた沸いた。


「ごらんなさい、この馬たちを。極彩色の錦で飾り立てたこの雄姿を。今日、ここにいるのはいずれ劣らぬ選りすぐりの軍馬たちなの。一見華やかそうなレースだけれども、その裏には馬たちの熱い訓練と努力、そして夢半ばで挫折した競走馬候補の屍たちがいるのよ。ここにいる馬たちは、一握りの、トップエリートなの」


 皇妃が指さす先に、まるで貴族のように着飾った馬たちがいた。


「その彼らの熱いがんばりを見てあげてちょうだい。そして応援してあげて。栄光をつかんだ馬にはたくさんの褒賞があるでしょうし、その馬と一緒になって応援してくれた方々にはわたくしから個人的に熱いご褒美をご用意しているわ」


 皇妃さまはあえぎ声すれすれの色っぽい声を絞り出した。


「……馬を大切にする殿方ってすてきよ。わたくし好みだわ」


 会場に集った男性陣はおおいに湧いた。『エロ格好いい』を地でいく皇妃さまだけに、カナミア再興を狙う同志たちの主要なけん引役――つまり三十代からもっと上の年代の紳士の皆様方へのアピール力は絶大だったようだ。


「ありがとうございます、皇妃さま」

「あらそんなの、いいのよ。ディーネちゃんのお願いだもの。でも、これでよかったのかしら?」

「はい! ばっちりです!」


 やはり皇妃を開会式に連れてきて正解だったと、ディーネは自信を深めた。


 ジークラインに出てもらう、というのも考えたのだが、反ワルキューレの人間は戦神の皇太子に反感を持っているだろうし、なにより今回のターゲットであるカナミア諸領の人たちにとっては皇太子こそが憎き怨敵の首魁なので――


「三番出口に不審者発見! 確保しました!」


 ――カナミア諸領の人たちがクーデターを起こすのなら、この日を狙ってくると思ったのだ。


「不審な転移魔法の反応を確認!」


 しかし、考えが甘い。


 ジークラインが皇宮のすぐそばで起きる騒ぎを、わざわざ見逃すわけがないのだ。

 彼は緊迫したこの状況でも、むしろ退屈そうに、指示を飛ばす。


「第三魔術師隊をやれ。封鎖しろ」

「不審な飛竜が五千リード先の上空に確認されました!」

「皇宮からオヤジの軍を持ってこい。俺が許可する。撃ち落とせ」


 指示と報告が慌ただしく飛び交い、ようやくできた空隙に、ジークラインはふかぶかとため息をついた。


「……俺が出ていきゃ、すぐ終わるんだがな。他人を使うってのもこれで面倒が多い」

「あら、いってきたらよろしいのでは?」

「馬鹿。お前が俺に協力を仰いできたんじゃねえか。もう忘れたのか? だから俺はこうして、世界一安全な場所にお前を保護してやっている。この俺の、隣だ」


 厨くさい発言を食らい、ディーネはちょっと鳥肌を立てた。

 そろそろ慣れたはずだと毎回思うのに、なんでかいつも同じようなところでやっぱりゾワッとしてしまう。なんでだろう。


「……大方は封鎖しきったな。馬鹿なやつらだ」


 ジークラインがあくびまじりにつぶやく。


「退屈だ。カナミアのやつら、暇つぶしにもなりゃしねえ……おい、ディーネ、この俺が手を貸してやってるんだから、感謝の気持ちのひとつも表明して、俺を楽しませてみる気はねえのか? お前がしなをつくってありがとうのひと言も言やぁ、俺ももうちっとやる気を出すかもしんねえぞ」


 ディーネは絶句した。なんという上から目線。見返りを要求するにしてももう少し気持ちいい頼み方ってものがあるだろうに。


 こんな言い方をされたのでは、お礼も言いたくなくなるというものである。


「……お気に召すかまでは存じませんが、競馬はなかなかエキサイティングな競技らしいですわよ」

「つまんねえ余興だったらお前にツケを請求してやるからな。そのつもりでいろよ。せいぜい入念に髪でもとかして、愛想笑いの練習でもしとくんだな」

「あら……」


 ディーネは鼻白んだ。こういうとき、前世の記憶を取り戻すまでのディーネならば口ごもってしまうのだろうが、いまは違う。


「ジーク様こそ、試合の行方に興奮しすぎて夜眠れなくなってもわたくしは関与いたしませんわよ?」


 その小生意気な発言は、ジークラインをきょとんとさせた。


「……変わったな」


 しみじみとつぶやくジークライン。


「従順な女もかわいげがあっていいけどよ、気まぐれな女ってのもそれはそれで面白みがあるもんだ。帝国全土の人民が畏敬を以って仰ぎ見るこの俺に、その反骨心、その矜持、あっぱれとしか言いようがねえな」

「それはどうも……」


 厨ワードの連発を食らい、ディーネはそろそろ限界に達しそうだった。


 そして数万人の熱狂が渦巻く中、レースは開幕した。



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