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「……同時にいけ」

「左右から挟み撃ちにするんだ!」


 簡単な作戦が飛び交い、また別の男が動いた。


 セバスチャンはわりと躊躇なく喉やみぞおちなどに破壊的な一撃をサクサク繰り出し、あっという間にふたりとも沈めてしまった。


 すごい。すごいけど、いったい何者なんだセバスチャンよ。

 セバスチャンがそれなりの武功持ちなのはディーネも知っていた。パパ公爵などは戦争でセバスチャンに何度も命を助けられたのだという。それゆえにディーネも供や馬車の随行なしの行動をパパ公爵に簡単に認めてもらえた。

 知ってはいたがしかし――さすがに予想の範囲を超えていた。一朝一夕であの鋭い突きは身につかない。

 破壊力を倍増させているのは、あの人体の急所ばかりを的確に狙っていく戦法だ。ごく普通の一騎打ちを念頭に置いた騎士用の戦法とは明らかに一線を画している。間違っても護身術や剣術などというなまぬるいものではない。


 四人目の男は、もうすっかり怖じ気づいてしまって、立ち向かう気力を失くしているようだった。


 お互いに膠着した空間に、転移魔法の前触れがようやく訪れる。

 ――来た来たキターッ!


「ジーク様っ!」


 感激したディーネの歓声に、反乱分子一同は浮足立った。いくらなんでも当人がいきなり現れる展開は予想だにしていなかったらしい。あほうどもめ。


「もう、ジーク様、おっそーい!」


 ディーネが勝利を確信しきって舐めた野次を飛ばすと、彼は余裕たっぷりに手をあげて、苦笑した。


「悪ィ。待たせちまったな」


 それからセバスチャンに向かってあごをしゃくる。


「前座ご苦労。もう下がっていいぜ」


 一礼を残してディーネのところまで戻ってくるセバスチャンを尻目に、皇太子は悪党どもに向き直った。


「……やられたい奴からかかってきな」


「おい、敵の大将首だぜ」

「ここで討ちとれりゃ士気もあがる」


 勇ましく言う彼らの腰は引けていた。カフェで演説をぶちあげるときの雄々しさ猛々しさなどはすっかり鳴りをひそめている。虐げられた弱者としてのルサンチマンが今にも爆発しようかという矢先にディーネを見つけ、鬱屈した感情にベクトルが与えられはしたものの、それは本物の獣のごとき魁夷と正面からぶつかり合うだけのものではなかったのだ。高論ばかり唱えて手近な少女をいたぶる決心は容易にできても、支配者というものをこの上なく象徴し体現するこの男、皇太子殿下に挑まんとする気骨はまったく持てないのである。


「……あっちの女だ」

「人質に取れ」


 最低な決議を瞬時に下し、彼らは四人で同時にディーネへと飛びかかった。


 魔法の輝きが彼らの手中に生ずる。この世界の魔法はまったく便利なものではない。習得までには訓練が必要で、人間が持ちうる魔力量もたかが知れている。どんなに体力がある人間でも一キロ一分で走れないのと同様、どれほど一生懸命訓練してもそんなに大したことはできない。


 しかし、その力で空気を圧縮して人間の骨や肉を断ち切るぐらいのことは可能だ。習得するのにかかる時間を考えたら、最初から剣を使ったほうが早いぐらいだけれども。


 セバスチャンが迎撃よりも盾になる決心を素早く固めてディーネのほうへ距離を詰める。そのうちひとりがセバスチャンに向かい、残りの男たちがディーネに向かって――ぎゃー。


「ひええええええッ……!」


 色気も何もない悲鳴をあげ、なす術もなく硬直していると、男たちはディーネのところに到達するよりもはるかに手前でいきなりつんのめり、前倒しになった。四人同時にあっけなく倒れて、動かなくなる。


「え……?」


 最前列の男の背後にいたのは、皇太子である。


「面倒くせえから、全員ぶん殴った」

「見えなかった!」

「あん? この俺がお前に見破られるようなレベルの低い攻撃手段を使うとでも思ってんのか」

「かっ……かっこいいいいいいい!!」


 思わず赤面しつつはやしたてると、ジークラインはまんざらでもなさそうな顔をした。


「なんだ、今ごろ気づいたのか? 俺が格好いいのは朝日がまぶしいのと同じぐらい当然のことだろうが」

「あ、そういうのかっこわるいです」

「照れるなよ」

「照れてないっす……」


 雑な敬語になるディーネに取り合わず、ジークラインは部屋を見渡した。それだけで大方の敵の分析が終わったようだ。魔法の構成は言語のようにクセが出るので、見れば相手方のことがだいたい分かるのである。


「半数近くがカナミアの残党だな。そっちの野郎は見覚えがある。カナミアの貴族だ。母親が帝国側の貴族だったつてを頼って、戦争からこっち、帝国領に逃げ込んでやがった野郎だ。荒事には向かない穏健派ってことで見逃してやってたが、王国復興を目指す奴らに錦の御旗として担がれたかなんかしたんだろう」

「なるほどすごくよく分かりました」


 この一瞬でそこまで分かるなんて、ジークラインはどういう構造の脳みそをしているのだろう。もはや人外である。この男がまともな人類相応の行動などしたためしはないが。


 肌寒いものを覚えつつ、言われてみればディーネにも男の風貌には若干見覚えがあった。いつだったかの式典で、夫が敗戦国側ということで冷や飯を食わされていた女性のご子息だ。屈辱と憤激が入り混じるひねこびた目つきが脳内でオーバーラップした。


「家ごと取り潰すか。しゃーねえな」


 夕飯のメニューでも決めるかのようにあっさり言うジークライン。


「しっかし、カナミアの連中も呆れたしつこさだな。叩いても叩いてもわんさと出てくる」


 それからジークラインはディーネに視線を戻し、非難するような声をあげた。


「ディーネ、お前、生活のパターンを固定化してたのか? あれほど言っておいたろう、カナミアの件が片付くまでは誘拐や略奪の計画を立てられないように行動しろって」


 まるで襲撃が日常茶飯事みたいな言いようだが、公爵令嬢かつ皇太子の婚約者ともなると、ままあることだから泣けてくる。


「そ、それはちゃんとしてたよ……同じお店にはいかないようにして、場所も不規則に決めてたし。変装もしてたんだよ……でも、たまたま入ったお店に残党がいたんだったらしょうがなくない?」


 ジークラインはうんざりしたようにディーネを見た。


「はぁ……? たまたま? そんなわけはねえだろ。いくらなんでもそんな偶然はありえねえ」

「ありえると思うけどなあ……だってここ、カフェだし」

「カフェだったら、なんだってんだ」

「だから、カフェには反乱分子が集うって相場が決まってるでしょ?」

「何を言ってる……?」


 ディーネはしばし考えたあと、自論を皇太子に説明することにした。市民の憩いの場には暇人が集まりやすい。暇人とはつまり、労働から解放されているプチブルジョワや、本物の貴族たちのことである。国の豊かさの目こぼしに預かり、労働するでもなく生産するでもなく日がな一日うろついている人たちの大好物といえば、政治活動なのだ――と。


「だから、カナミアの残党がカフェに出没するのは必然だと思うのよ」

「はぁん……斬新な説だな」


 皇太子は首をひねっているが、ディーネの話はそれなりに気に入ったのか、「カフェ……カフェねえ」としきりに繰り返していた。


「だからね、カフェが悪いんじゃないのよ。暇な人が多いのがよくないの。暇な人には、それ相応の暇つぶしをさせてあげなきゃ、余暇を持て余してああいう行動に……」


 ディーネははたと喋り止んだ。思いついたことがあったからだ。

 そうだ。平和的に解決する方法があるではないか。


 ――暇人には、暇つぶしを与えればいい。



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