プリンと執事
五月の爽やかな日に、皇宮でお茶会が催された。
皇妃のたっての願いにより、公爵家の執事や菓子職人を貸し出しての開催となったこのお茶会は、先の園遊会で初めてお目見えした珍しいケーキに加えてさらに豪華なラインナップで会場を沸かすことに成功。
いくつかのケーキの製法はすでに皇宮のシェフたちにも秘密がばれてしまっているが、それ以外では見たことも聞いたこともないようなお菓子の数々で話題を総なめにした。
さらにこのお茶会では、ちょっとした出し物も用意した。
巨大なカスタードプリンを作って、カラメルシロップを乗せ、洋酒をふりかけてから、火をつけたのだ。
見たこともないお菓子から本物の炎が勢いよく立ち上る。
その演出に、貴婦人たちは歓声をあげた。
種を明かせばなんてことのない、フランベというありふれた料理技法で、こういう演出をやってくれる飲食店など地球には数えきれないほどあるのだが、この国ではなじみの薄いものだったようで、女性のきゃあきゃあ言う声が皇宮の奥にまで届くほどの騒ぎになった。
それを裏で見守っていたディーネは、ほっと安堵の息をつく。
かたわらできまじめな無表情を保っていた執事のセバスチャンも、安心したのか、表情には出さないながらも、これでもう監視は必要ないとばかりに会場から目を離した。
「完璧なお茶会だったわ」
「恐れ入ります」
完璧な人選、完璧な統率、完璧なタイムテーブル、完璧な料理の手配と搬入。
そして出し物までが完璧だった。
「あのフランベをする給仕の子がいいわね。すごく見栄えがするし、愛想もいい。どこで捕まえてきたの?」
「旅芸人だそうで。演奏曲の選抜のときに引き抜きました」
「そう。楽曲もほんとによかったし、完璧なんだけど、ひとつだけ不満かな」
ディーネが試すようにそう言って反応をうかがうと、彼は戸惑ったようにこちらを見た。不安げな表情がまた魅力的だ。控えめな執事とはどうしてこうもイイのだろう。
「フランベはセバスチャンがやるべきだったわ。絶対にあなたのほうが盛り上がったわよ」
セバスチャンは虚をつかれたように目を丸くし、それからみるみるうちに赤くなった。
――おー、照れてる照れてる。かわいいわー。
「私は裏方の人間でございますから……」
「裏方? とんでもない。どこの貴族の屋敷でも有能な執事はのどから手が出るほど欲しいものなのよ。あなたが出ていって火をつけたら、どんな料理よりも人気になったでしょうね。うちより条件のいい引き抜きだってたくさん来たかも」
「そんな……」
「どうする? いっぱいお給料払うからって言われたら。考えちゃう?」
「考えません!」
セバスチャンは珍しく慌てている。
「私は、お嬢様にお仕えしたくてここにおりますから。お嬢様さえよろしければ、ずっとお側に置いていただきとう存じます」
お世辞も欠かさない。さすがはわが公爵家の誇る有能執事。
「いやー、それにしても成功してよかった。せっかくだからお祝いしないとね。あなたなにか欲しいものある? あ、まとめて休暇とか取ってみる? それともお給料のほうがいい?」
職場の上司からもらってうれしいもの第一位は休暇に違いない。次にお給料アップのお知らせ。さらにその次ぐらいにボーナスの増量だろうか。
「いえ、その……」
「あ、ボーナスのほうが受け取りやすい? なんでも言って。今ならなんでも聞いちゃう」
「じゃあ……」
セバスチャンは、なぜかとても緊張したように、おそるおそる口を開く。
「……また、お嬢様と、カフェに行きたいです」
これにはディーネのほうがびっくりした。
「そんなのでよければ別にいつでも……え、でも、休暇もいるでしょ?」
「はい。でも、休暇は、そのうちに」
セバスチャンは恥ずかしそうに頬を染めている。
――……あれ?
ディーネは戸惑いを覚えた。
この、甘酸っぱい感じのほんわかしたやり取り。まるで付き合いたてのバカップルのような……
――これは、もしかして、してはいけない約束だったんじゃ……?
「お嬢様とご一緒させていただくと、仕事に役立つことがたくさん学べるので、うれしいです」
「あー……ああ、仕事ね……」
――考えすぎだったかな。
自意識過剰っぽくなってしまった。きっとディーネが勘ぐりすぎなのだろう。
「あの、それじゃまた、お休みの日をお知らせいたしますね」
そしてこの、セバスチャンのうれしそうなほほえみ。ふだんあまり表情の変わらない彼だけにとてもまぶしい。
「……うん……」
いまさら「やっぱなしで」とも言えず、ディーネはあいまいにうなずいたのだった。