ペット用品を作りたいお嬢様
うららかな五月の陽気の中で。
「ディーネさまのお人形よく売れているようでございますねえ」
テーブルに置いてあった見本品の髪の毛をちょいちょいっと直してあげながら、ジージョが言った。
新しいおもちゃを開発する、というお話で、女の子の着せ替え人形のことが出ていたので、ほかに何も思いつかなかったのもあり、ひとまずそれを商品化したのだった。
皇太子の人形よりかはまだ民間に受け入れられやすいだろう、と開発に付き合ってくれた研究員も言っていた。
「こうしておとなしくしていらしたら、ディーネさまもおかわいらしいんですけれどねえ」
小言を右から左に聞き流していると、レージョが身を乗り出した。
「わたくしも親戚の子にねだられたんですのよ。ディーネさま、あと五体ぐらいくださいまし」
「あ、私もほしいです」
「私も、修道院の子に持っていってあげたいですわ~」
「あぁ、それは必要かもね」
シスののんびりした発言に、ディーネはうなずいた。
チャリティ事業もまた貴族の義務のひとつ。おもちゃを持って修道院巡りなどはぜひともするべきだろう。
「次は何にしようかしらね……」
「男の子向けと、女の子向けはもう揃ったのですわよね」
レージョはぱちんと手を打ち鳴らした。
「じゃあ次はうちのジョセフ向けの商品を出してほしいですわ!」
「誰よ、ジョセフって」
「犬ですわ!」
「犬か」
うーん。犬、ねえ。
子ども向けのおもちゃもろくにない時代背景で犬のおもちゃを商品化して売れるのだろうか。いや、無理だろう。
貴族向けとしても無理がある気はするが。
「犬が好きなものといったら骨でしょうか」
ほのぼのと応じたナリキに、今度はシスが応じた。
「あら、うちのイヌはぬいぐるみに目がないですわよ? 首のところをカミカミしながら後ろ足で胴体を、てしてし、ってするのがお気に入りなんですの」
「ああ。獲物を仕留めてはらわたを引きずり出す動きね」
シスはびっくりして固まった。
「……うちのイヌは……温厚な飼い猫ではなかったんですの……?」
「いやそんなの知らないわよ……なんていう犬種なのよ」
「ええと……真っ黒でお鼻のところが茶色の色違いなのですわ~」
「……ドーベルマンかな?」
「わたくしがお気に入りの安楽椅子に座ると、おひざの上にのってくるんですの」
「小型犬かな?」
「毛足がとっても長くて」
「テリアとかかな……」
「とってもおりこうさんでねずみを取るのが上手なんですのよ!」
「猫ですがな」
「? そうですわ。うちにはイヌって名前の飼い猫がおりますのよ」
「叙述トリックかよ」
「イヌもおもちゃが大好きなんですのよ~。とうもろこしの芯で作ったお人形は食べちゃうぐらいお気に入りなのですわ~」
「そう……」
相手をしていたらキリがないので、ディーネは思考を切り替えた。
「そうね、マスコットキャラのぬいぐるみとか作ったらいいかもしれないわね」
「ますこっと……?」
「ゆるキャラっていうの? かわいい見た目と設定の、ほのぼのしたぬいぐるみを作るのよ」
シスは、なにかを思いついたように、ぱぁっと表情を明るくした。
「ディーネさま、それなら、邪神のアジ・ダハーカくん人形なんていかがでしょう?」
「おいこら元修道女」
メイシュア教は偶像崇拝禁止である。
さらにメイシュア教に限らずだが、ふつうはどの宗教でも異教の神さまを崇めたら厳罰どころではすまない。
「アジ・ダハーカくんはヘビ神さまで、頭がみっつあって、それぞれ苦痛、苦悩、死をあらわしているんですわ!」
「私いま『かわいい』って言わなかったっけ? 言ったよね?」
「終末のときには人類の三分の一を食い殺すと言われているんですの!」
「かわいい見た目と設定!! 設定が怖すぎるわ!」
「落ち着いてくださいましディーネさま。見た目もどうかと思いますわ……」
うしろからナリキがツッコミを入れる。
常識が通じる相手がいるってなんてすばらしいのだろう。
ディーネはナリキの両手をはしっと握った。
「やっぱり私にはあなたが必要だわ」
「……突然どうしたんですか?」
「私にツッコミを入れてくれるのはナリキだけだからね……」
「まあそれは、このメンツで言ったらそうですわね」
「これからもよろしく頼むわね」
ナリキはちょっとびっくりしたような顔をしていたが、やがて照れ隠しのようにメガネをちょっと持ち直した。
「仕方がありませんね」
レンズの奥の瞳が少し泣きそうになっていることに、ディーネは気づかないふりをしてあげる。
「……お嬢様には、わたくしがついていてさしあげませんと」
――そんな感じでナリキとの完全な和解が成立した。