腰を痛めた祖父とけなげな幼女 2
――この国における馬の扱いは微妙だ。
荷物を大量に運搬するのならロバのほうが使いやすい。戦闘の騎獣として使うのなら飛竜という上位互換がいる。素早くものを運びたいのなら、魔法石を消費して転移魔法を使うのが一番いい。農地の耕作をするのなら、牛のほうがコスパがいい。
転移魔法を使うほどではないけれども、少し早く移動したい。
そんなときに選ぶのが馬だった。
そんな有様なので、馬を使った農業についても研究が全然進んでいないのだ。
転生令嬢のディーネは、腰を痛めて畑を耕せなくなったおじいさんの代わりに農業にチャレンジする少女へ、研究中の馬を貸し出すことにした。
「ソルちゃんには、耕作用の馬のモニターテストをしてもらいます」
「もにたあ……?」
なんのことか分かっていないソルに向けて、説明をする。
「うちではもう少し、馬の研究をしたいと思っているの。農地を大量に耕すのなら、馬のほうが早いはずなんだけど、うちにいるのは軍用の騎馬だけでね……あまり農地の耕作向きではないのよ」
ソルちゃんはやっぱりよく分かっていないようだ。
「要するにね、うちでは、人間の代わりに、畑を耕してくれる馬を育てているの。最近外国産のいい農耕馬をわけてもらってね、ハーネスとかも工夫して、けっこういい感じに仕上がっているんだけど、それを実際に試してくれる人が足りないのよ。だから、ソルちゃんには馬を使って実際に畑を耕してもらって、感想なんかを教えてもらいたいんだけど」
ソルちゃんはものすごく警戒した目で、ディーネと、彼女のそばにいる馬四頭を見比べている。奥のほうではディーネの連れてきた大工が馬小屋を大急ぎで設置中だ。
「感想を言うだけでいいの?」
「そうそう。使いづらいところとかを言ってくれたら、フィードバックされて、改良案があがってくるから。どんどん文句を言ってくれたらいいのよ」
ソルちゃんはまだ警戒心が解けていないのか、とても怯えている。
「ほ……本当にそれだけ? あとから馬を貸したお金をいっぱい払えって言ったりしない?」
ディーネはちょっと胸がつまった。この子、なんてしっかりしてるのかしら。
「しないしない。契約書も交わす?」
「あたし、文字なんて読めませんけど……」
「だいじょうぶだいじょうぶ。こーなったら大サービスね。一から教えてあげるわ」
――こまごまとした契約書の交わし方なんかを説明して、その日は終わった。
***
そして一か月後。
ディーネがふたたびソルの家に行くと、あたりの様子は一変していた。
荒れ放題だった農地の雑草はすべて抜かれ、美しく畝が整えられて、青々とした植物が茂っている。
「わーお。がんばったわね」
「あ! お姉さん!」
畑にしゃがみこんで作業をしていたソルが、麦わら帽子をちょいっと跳ねのけて、こちらのほうを向いた。
「お姉さん、この間はありがとうございました。おかげで、夏には収穫できそうです」
「いーってことよ」
「お金も貸してもらえて、助かりました。本当にありがとうございます!」
ディーネは感心しっぱなしだった。こんなに小さな年の女の子がちゃんとあいさつできるなんて、けっこうすごいことなのではないだろうか。
「ま、元気でやっててくれてよかったわ。この調子でがんばって」
「あの! 私、まだ、お姉さんのお名前教えてもらってません!」
「私? 私はね――」
ディーネは少し考えた。公爵家のものだと名乗るのはちょっと恥ずかしい。
「私はディーネよ。なんか用事があったら、いつも来てる研究員に言って」
考えた末に、愛称だけを教えてにっこりほほえむと、ソルは感激したように「ディーネさん……!」と名前を繰り返したのだった。