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落とし前をつける悪役令嬢・中編

 ゼニーロの怒りは止まらない。


「この世でもっとも醜悪な生き物とは、『商人気取りの貴族』に他ならぬわ! バームベルク公爵家はわれらから必要十分な富を税として吸い上げておきながら、弱き者に再分配するという貴族の義務も怠って、この上さらに罪もない下々の仕事を奪って自分のものとし、大いなる富を独占しようというのか!! なんたる、なんたる!! なんたる悪だ!! 度し難い!!」

「お父様――」

「ナリキ、お前は下がってなさい! ええい、たとえこの首跳ねられようとも、断じて貴様の犬になどはならないぞ!! 貴族の皮をかぶった娼婦め!!」


 ナリキははらはらしながらも、父とディーネのやり取りを見守ることしかできない。


 ゼニーロは今でこそ名声を博した富裕市民だが、そうなるまでにはずいぶんと辛酸をなめさせられたのだという。


 ゼニーロは若い頃、修道院と街を往復するしがない行商人だったらしい。自分の足と荷馬車で山道を行き来する過酷な仕事だ。都市部の商品の半数以上は転移魔法で物流が賄われるから、僻地の行商人は最下層の仕事といえる。


 そうした場所には時おり騎士などが出没し、野盗のように行商人を襲うのだという。


 騎士といえばふつうは貴族だが、旅から旅の遍歴の騎士は貴族の中でもいっとう身分が低く、家督を継げないヤンガーサンが戦地を行ったりきたりして武功を立てる機会をうかがっているうちに野盗へと身を持ち崩すケースが多いらしい。

 そうした『悪い騎士』の一団たちは、行商人を見つけると、正義や貴族の名のもとに戦時の糧食を要求してくるのだそうだ。つまりカツアゲである。


 ゼニーロの貴族嫌いは、ここから始まったのだそうだ。

 人が真面目に、コツコツと働いて得た金を当然のようにかっさらっていき、自らは何もせず、何も生み出さず、他人のたくわえを浪費することしかしない。


 まだ行商人だった時代のゼニーロが苦労して珍しい香辛料を地方の領主に持ち込み、販売しようとしたときのことはナリキもいく度となく聞かされた。領主は、その香辛料に通常の三倍近い関税を要求してきたのだそうだ。それでは儲けが出ない。

 屈辱を耐え忍んで高い関税を払い、悪意によって長く設定された検疫期間を終えてみれば、時すでに遅く、その領主のお抱え商人がさっさと大量の魔法石を駆使してその珍しい香辛料を発見・搬入し、手柄を丸ごと持っていったあとだったのだそうだ。

 ただ同然で商品を取られてしまったゼニーロは、路頭に迷うところだったと語っていた。


 領主が商売をするということは、いくらでも自分が有利になるようにルールを作ってしまえるということでもある。


 ゼニーロは、公爵領を令嬢の都合でメチャクチャにされることを嫌い、糾弾しているのである。


 ディーネはその批判を、傲然と受け流す。


「なにか誤解があるようですから申しあげますが、わたくしは何も私腹を肥やしたくて商売を始めるのではありませんわ。金貨がほんの一千万枚ばかり必要になったので、それを稼ぎたいまでのこと」

「ほんの……!? ほんの一千万だと……!?」


 ゼニーロの声が高くなる。


「一千万もの大金を吸い上げる過程で、どれだけの弱小商会が被害をこうむると思っているのだ! わしらがいったい何をした? 貴様にとってはわれら商人とて愛すべき民であろうに、虐げて楽しいのかと聞いておるのだ!」


 公爵令嬢は、それを聞いて、目を丸くした。


「お上に保護されなければ立ちゆかない商売なんて、ほっといてもそのうちなくなりますわよ……でも、そうね。貴族の義務ということなら、あなたの言うことにも一理ある」


 ディーネは深くうなずいた。


「ミナリールさんがおっしゃりたいのは、つまり、限られたパイを独占するなということでしょう? ――しないわよ。再分配しろというのでしょう? ――もちろんよ。雇用の機会を奪うなというのでしょう? ここはとくに行き違いがあるようね」


 ディーネはふんぞり返って、腕を組んだ。


「雇用がないのなら生み出せばいいのよ」

「なんだと……?」

「ねえ、ベーキングパウダーの話を聞いたとき、おそらくあなたは、悔しいと思ったのでしょう? 出し抜かれたと思ったのでしょう。でも、先回りして潰せば済むと思ったのは間違いだったわね。――そういう便利なものを、わたくしはいくらでも知っているのよ」


 あれを、いくらでも?

 はたで聞いていて、ナリキは震えそうになった。


「パイがないのなら作ればいいのよ。便利なものをどんどん増やしていけばいいの。ものだけじゃないわ、わたくしは商品の流通の仕組みや商人同士の在り方をも変えてしまうような効率のいいシステムも知っている。わたくしならば今までに見たこともないような仕事の機会を作り出してあげられるのよ。一千万など、わたくしに言わせれば『ほんの』はした金よ」


 熱心に訴える彼女。そんなうまい話があるわけない、商人としての冷静な部分がそうささやいているのに、ナリキは心のもっと奥深いところで、共鳴してしまっていた。

 本当に、そんな世界があるのなら、見てみたい――と。


「ミナリール商会のことは少し調べさせてもらったわ。いい商会ね。わたくしの腕となって働いてくれるところを探すとすれば、あなたがたのところがいいと思ったの」


 そこでディーネは、これまでの高飛車な所作をやめて、まっすぐに立った。


「どうかわたくしに協力していただけませんこと」


 ゼニーロはまだ悔しそうにしていたが、小さくうめくと、やぶれかぶれの声を出す。


「……選択肢はないのでしょう?」

「ええ、まあ、そうね。公爵家相手に二度も破壊工作をして、無事に商売が続けられるとは思わないほうがよろしいわ。でもね」


 ディーネはにこりとほほえんだ。


「わたくしについていらっしゃいな。見たこともない景色を見せてあげるわ」


 そのひと言が決め手となった。どうやらゼニーロの肚は決まったらしい。


「契約交渉とおっしゃいましたね」

「ええ」

「聞かせていただきましょうか。言っておきますが、わしは契約にはうるさい男ですよ」

「もちろん。そうでなければ手を結ぶ意味がないもの」


 ぬけぬけと言うディーネに、ゼニーロは初めて、小さく苦笑をもらした。


 ――こうして、ミナリール商会とディーネの間で、交渉の場が設けられた。



後編は夜です。

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