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落とし前をつける悪役令嬢・前編


 公爵令嬢の侍女、ナリキは研究室の倉庫にいた。


 主人のディーネが自室に倉庫の鍵をたまたま忘れていったので、ナリキが盗んだのだ。倉庫の中にはナリキが以前からひそかに狙っていた新開発の商品が眠っているはずだった。


 蝋に点灯し、埃っぽい室内をくまなく調べていく。やがて『ベーキングパウダー』と大きく張り紙した麻袋が積まれている一角を発見した。


 ――見つけた……!


 ナリキは急いで父に連絡をし、魔術師を連れてきてもらう。倉庫は荷物を頻繁に出し入れする煩雑さからか、うっかり魔術封印が解かれっぱなしになっていた。そこで、転移魔法で麻袋を丸ごとぶっこ抜く。

 誰にもバレていないことを確認し、応接間まで素早く戻ると、鍵をテーブルの下に放り投げた。


 とうとう盗み出せた。

 一回に必要な分量はスプーンにほんの少量と聞いている。あの分量ならば数年は保つだろう。


「でかしたぞわが娘よ! さっそくこれを全店舗に配布しろ! 明日から提供を開始する! 錬金術師にも成分の分析に回せ!」


 父の素早い采配で、さっそく次の日には新作のスポンジケーキが全店舗に導入されることになった。

 ディーネの手配しているケーキ屋のオープンも数日後に迫っているから、これだけでも大打撃だろう。そのたった数週間の差で新商品はミナリール商会のオリジナルとみなされ、ディーネが開店するお店の希少性は地に落ちる。どこかで見たことがあるような二番煎じのケーキ屋として、話題にもならずに消えていくはずだ。


 ナリキは肩の荷が下りて、ほっとしながら公爵家に戻った。

 密偵の真似事をさせられて、気が気じゃなかったのだ。もうこんなことは終わりにしたい。


 応接間に行くと、ディーネはまだ紛失したことにすら気づいていないのか、ナリキが放り投げた位置に鍵がそのまま放置されていた。


 せめて明日まで気づかれませんようにと祈りつつ、ナリキは許可を得て就寝するために自室に下がった。


 次の日――


「どういうことだ!!」


 ナリキの父・ゼニーロががなり散らす。

 皇宮に一番近い、王都のカフェ本店のバックヤードは、各店舗からの救援を求める手紙が転移魔法で大量に舞い込み、大混乱に陥っていた。


「お前が持ち帰った粉を使わせたらケーキが苦くなりよったわ!! 客からの苦情が殺到しておる!!」

「そんなはずは……」


 そのとき、表のカフェのほうから、誰かがさっと入ってきた。


「お客様、困ります! お客様!」

「ちょっと、店長さん!? おたくのケーキどうなってるのかしら!? 公爵令嬢のわたくしにこんなものを食べさせるなんて!!」


 苦情を言いに乱入してきたのは――

 誰あろう、ナリキが仕える女主人の、ウィンディーネ・フォン・クラッセンだった。


「あら、ミナリールさん。ごきげんよう」


 ああ。挨拶さえもが白々しい。


「フロイライン・クラッセン! やあ、これは、どうも……」


 ゼニーロがひきつった笑みを浮かべるが、ディーネは笑わなかった。


「ねえ、昨夜、わたくしの家の倉庫から材料の一部が消えたんだけど、なにかご存じない?」

「さあ、私にはなんのことか……」

「そう、知らないとおっしゃるの。残念ね」


 ディーネは大げさにため息をついてみせた。


「……あれはベーキングパウダーの材料の一部で、ケーキに使うとよく膨らむけれど、お味の調整剤が入っていないから、単品で使うととっても苦くなってしまうのよね。だから、もしも盗んだあれでケーキを焼いてしまった人がいたら大変だと思って、親切に解決策を持ってきてあげたのだけれど……必要なかったかしら」


 ナリキは背筋がぞっとした。


「まさか……わざと鍵を失くしたふりをなさったの……? わたくしをハメようと……?」


 清楚可憐な令嬢が、その美貌にそぐわない、腹黒い笑みを見せる。

 ニタリとでも形容すべき笑顔は、完全に悪役令嬢のそれであった。


「あらあらたーいへん。このままではカフェの信用はガタ落ち。うわさがあっという間に広がって、全滅してしまうかもしれないわね? ああ、わたくしもついうっかりお友達に話してしまうかもしれないわ。お母さまや皇妃さまがお聞きになったらなんておっしゃるかしら」


 必殺、親の威光を笠に着た七光りアタック。

 ナリキは心の底から震撼した。


「なんてゲスさなの……!」

「あっらぁー、それが二度までも悪質な破壊工作をしかけた人たちの言うことなのかしらぁ?」


 ディーネは高笑いでもしかねない雰囲気だ。


「ねえ、ゼニーロさん? わたくしにはこの窮地を収めるアイデアがあるのだけれど、お聞きになりたい?」


 ゼニーロはこぶしを硬く握った。ものすごく悔しそうだ。


「興味深いですな。お聞かせ願えますか」

「その前に契約交渉と参りません? わたくし、ちょうど自分の手足として動く商会が欲しかったの」


 ゼニーロはさすがに耐えかねると思ったのか、彼女をにらみつけた。


「こちらを傀儡にするつもりか……!? ふざけるな! わしにも一代でこの商会を築き上げたプライドがある! 潰したければ潰せ! 誰が貴族の犬になど成り下がるか!」




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