制裁するとは決めたけど
ディーネは自室でミナリール家の処遇についてあれこれ考えていた。
すでに明日、計画を決行できるように準備を整えてある。
ディーネが気になっているのは豪商ミナリール氏の経歴だった。
どうも当主のミナリール氏は過去の商取引で貴族から不正を食らったことが原因で、貴族に深い恨みを持っているらしい。
貴族を恨んでいながら、公爵家とも懇意にしている。
貴族嫌いの、貴族好き。
商取引そのものは明朗会計であると調査員が言っていた。ただ、貴族が商売に口を出すことだけがどうしても我慢できないのだ、と。
その点、パパ公爵はミナリール氏のよき君主といっていい。鷹揚というかどんぶり勘定というか、細かいことを一切気にしない性格だ。帳簿、会計の類を卑しいものとみなして、王侯貴族が携わるべきではないと考えている。これはなにも一個人の偏見や怠慢というわけではなく、社会的にそういうムードが醸成されているのだ。
――人間は神さまとお金とに仕えることはできない。
――数学は神の真理を知るための崇高な学問だが、それと会計を一緒にしてはならない。
これが貴族の一般的な価値観なのであり、従ってたいていの貴族は帳簿になど見向きもしない。金勘定は貴族がすべき仕事ではないと思っているのだ。
以上の理由によって、パパ公爵は領内の商取引についても興味を持たない。
ミナリール氏の暴走のきっかけを挙げるとするならば、ディーネがそこへ割り込んできたことに尽きる。
現代知識を武器として使えるディーネが彼らのテリトリーに入っていって好き勝手に模様替えしてしまうのが反則だと言われたら、まあ、そうかもしれない、とは思う。
その国にはその国に合ったルールがあり、生態系がある。ディーネから見てどんなに理不尽、荒唐無稽なルールであっても、それができあがるまでにはさまざまな経緯があるものだ。
少しのつもりで起こした変化が取り返しのつかない環境破壊を招くこともある。
今のミナリール氏は、子猫を守りたくて過剰に攻撃的になっている母猫のようなもの。
「制裁はする。ペナルティも与える。で、その後をどうするか、だけれども……」
――出方次第かなぁ。
処分をするのは簡単。
しかし、分かり合えるならそれに越したことはないのだ。
人間は神さまとお金とに仕えることはできない
「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」
マタイによる福音書 6:24