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厨二病はうつるんです

 アディディウス帝朝ワルキューレ帝国は四つの国を有している。その支配者たるを高々と掲げんがためにアディディウス家の家紋は『四重冠』をいただいたばかりだ。

 数百もの国・民族がひしめきあう大陸の覇者、その帝国の皇太子、ジークラインは、神がかくあれかしと願ったかのごとき、いくさごとの大天才にして、その肉体は完璧なる芸術品だった。


 ジークラインは戦神と呼ばれるにふさわしい筋骨隆々たる上半身を惜しげもなくさらして素振りの真っ最中であった。得物は軍馬一馬身分ほどもあろうかという巨大な剣。


 空気を切り裂いて、剣が上から下に振り下ろされる。

 うずまく魔力の量にあてられ、ジークラインの婚約者、バームベルク公爵令嬢ウィンディーネ・フォン・クラッセンはへたりこんだ。びりびりと全身に裂帛の気合いを感じる。


 鍛えているとはいえやはりイケメン枠をはみ出さないジークラインが不釣り合いな大きさの剣を振り回す光景に、ディーネは嫌な胸騒ぎを抑えて、そのつつましやかな乳房のあたりをそっと抑えた。


 ――これは……!


 鉄製ならばまともに持ちあげることすら叶わぬような、武具としての役割を果たせるとも思えぬ馬鹿馬鹿しい図体の品を実現しているのは、『ドラゴンの骨』と呼ばれる不思議な魔法金属だった。この金属は持ち主の魔力量が大きければ大きいほど質量が軽くなるという不思議な特性を秘めている。ジークラインほどの遣い手が操ればつるぎは羽根のごとくに軽くなり、乗せられた運動エネルギーは爆発的に高まって、打ちつけた瞬間に合わせ魔力を放出してゼロにすれば、ときには城門でさえやすやすと打ち砕くような『攻城兵器』に変貌を遂げるのであった。


 ――これは……! 厨二病御用達武器のひとつ……!


 バスターソードだった。


「いやあああああ! ああああああ!」


 突然金切り声をあげて発狂するディーネに、ジークラインは驚いて目をみはった。


「……どうした?」


 剣を脇に、わざわざへたりこんでいる彼女のすぐそばにしゃがみこむジークライン。ちょっとやさしいと思ってしまったディーネはまだ甘いのだろうか。


「いやああああ! 寄らないでええええ! 厨二病がうつるうううううう!」

「チュウ……? おい、大丈夫か?」


 と、ジークラインは心配そうにディーネの前髪をかきあげた。白皙が間近に迫る。ディーネは目がつぶれそうになった。


「いやあああああ! 美しいいいいいいい!」


 それも並大抵の美貌ではなかった。真っ白な美肌と、カラコンで盛ってるとしか思えない宝石のような色合いの瞳は、フォトショで念入りに加工したあとのコスプレイヤーそのものだ。


「何を言ってる。俺が美しいのはいつものことだろ……?」


 ――くっ、細かいところまでいちいち厨二づきおって。

 とんだナルシスト発言だが、これもまた厨二病の標準装備みたいなものなのだ。


 ジークラインはどうやらただごとではないと察したらしく、やや目つきを鋭くした。


「しっかりしろ。悪質な精神攻撃でも食らったか?」


 とくにそういうものは食らっていないが、今のがとどめだった。

 ジークラインに真剣な表情で瞳を覗き込まれて、ディーネは死んだ。


 ――もうだめ……! かっこよすぎる……!


 厨二病発言が鳥肌を立てるぐらい気持ち悪いと心底思っているのに、公爵令嬢として生きてきた記憶と身体がそれを覆すのだ。

 クラッセン嬢はジークラインが大好きだったのである。


 ディーネの脳裡にその頃の記憶が蘇る。


 ジークラインとクラッセン嬢の出会いは赤子の頃。母親同士の仲がよかったふたりはいつもひとまとめに侍女に預けられていた。


 しかしジークラインはごく健全な少年。クラッセン嬢は控えめな少女。ジークラインがワイバーンで遠いところに飛んでいきたいと思っているとき、クラッセン嬢は怖いことはやめておうちで刺繍でもしていたいと思っているのが常だった。趣味も価値観も合わない、合うはずがない。


 そんなある日のこと、クラッセン嬢はジークラインに『きょうは、おにわのはなぞのであそびたい』と申し出た。そのときのジークラインの返しがこうである。


 ――庭? 花園? ちっちぇえな。そんなものより、もっとすごい景色を拝ませてやるぜ。


 彼はいやがるクラッセン嬢を無理やり飛竜に乗せた。高いところが嫌いな彼女はブルブル震えていたが、意外にもジークラインの操る飛竜の上は怖くなく、むしろ快適といっていいほどだった。ワイバーンの操り方もさることながら、追加でジークラインのはる結界が一定の気温と湿度を保ち、風を防いでくれていたのだ。さらに彼は特別な才能を持つ魔道士で、空気のさばき方も巧みなのだと知るのはクラッセン嬢が魔力のあしらいを覚えたずっとあとのことになる。


 彼が連れてきてくれたのは古の廃墟、空中庭園だった。夜空が滝のように流れ落ちる地の果ての境界線にそれは存在し、あいまいで不確かな古城の土台や輪郭は魔力によると星と虹できらきらと輝いていた。その前庭は見たこともないほど美しい万緑と花と果実の競演に埋め尽くされており、さらに怪異なる魔物が犬のような形態をとって心地良い日なたに寝そべっているのも発見できた。


 ――すごいすごい! ここはどこ?

 ――さあな。おれが見つけたんだから、おれの庭だろ。この世のすべてはおれのもので、すべての場所はおれの庭だ。


 ジークラインはそのころからすでにジークラインだった。


 ――じーくのおにわなの?

 ――ああ、そうだ。

 ――わたし、あそこに生えてるおはながほしい!


 指さした先にあったのは、およそ地上のどんな花とも似ていない、淡く光る草花だった。


 ――いいぜ。おれの女にふさわしい贈り物だ。


 当時のジークラインは御年六歳。ベッドにはまだ添い寝用のくまのぬいぐるみが飾ってある。幼児のくせに妙な色気があるので気持ちが悪いとこぼしたのは彼の母親にあたる皇妃だったか。なぜかジークラインの世話をする乳母が恋愛的な意味で彼を好きになってしまう事例があとを絶たないため、ジークラインの周囲からはそうそうに女性の使用人が排除された。皇妃もなにかと苦労の絶えない女性である。


 それはともかく、厨二病の皇太子は幼き婚約者の淑女に野に咲く可憐な花をプレゼントするべく、彼女をひとり飛竜の上に残し、勇敢にも魔物がひそむ前庭に降り立った。


 とたんに犬のような魔物が眼光するどく反応した。大地を蹴ってひと飛びでジークラインにおどりかかる。


 ――あっ、あぶない、じーく!


 ディーネは思わず目を手で覆う。じーくがやられてしまったかもしれない。どうしよう。泣きそうになりながらこわごわ目をあけてみたときには、魔物は彼に一刀両断されて、塵と消えるところだった。


 ――ランクD、ただの雑魚か。


 ジークラインはただの口だけの尊大なお子様ではなく、そのころから一騎当千の剣の使い手だった。

 実力がともなったナルシストだったのである。


 ――わあっ、おはなありがとう、じーく!


 にこにこ顔の無邪気な幼女婚約者に、ジークラインはふっときざな笑みを贈ると、そのひたいにちゅっとくちづけた。


 ――最高の釣り銭をもらっちまったな。


 おとなびた六歳児のほほえみに、まだまだ頭にお花を咲かせて喜ぶお年頃の幼女であるクラッセン嬢はときめいた。未知の精神の高揚に、幼女はわけもなく顔を赤らめ、そっと耳の上に乗せたお花の具合を手で確かめる……


 ……おそらくこれがクラッセン嬢が恋を自覚した瞬間の記憶である。





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