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謎かけをする執事とお嬢様

 やがて注文の料理と一緒に、ケーキが届いた。

 主食がジャガイモの国らしく、ジャガイモ製のスイートポテトに、ふわふわのジャム入り揚げドーナツ。

 ツヴェッチェンというスモモのような果物が載ったフルーツパイ。


 セバスチャンがさっとケーキを取り分けてくれた。目にもとまらぬ速さと華麗さだったのでうっかり流しかけたが、今のディーネは一応、お忍びなので、ごくふつうのカップル設定なのだ。やってもらって当たり前だと思ってはいけないだろう。


「ありがとう」


 お礼を述べると、セバスチャンは微笑んだ。


「いえ」


 それきり黙ってしまうセバスチャン。


 会話が続かないのを気にしてディーネがちらちら窺うと、彼はすぐに気がついてふんわり笑ってくれた。しかしディーネは、しぐさだけで考えが読めるほどセバスチャンのことを知っているわけではない。無言でただほほえまれても困ってしまう。話のきっかけはないかと考えて、観察する意味でじっと見つめ返してみたが、セバスチャンは天然なのか何なのか、見つめられて照れたようにしつつも、やっぱり何も話そうとしない。


 はからずもラブラブのカップルみたいに見つめ合ってしまう結果となった。


 ふわーっとしたセバスチャンの空気にあてられ、しばらく彼のきれいな銀髪や整ったお顔立ちを眺めてうっとりしていたディーネだったが、さすがにその時間が長すぎるので、途中でわれに返った。


 ――なんだこれ。

 初恋中学生のカップルか。


 気まずくて、なんとなくディーネも無言のまま、とりあえず運ばれてきたものを試食した。


「コーヒーはやっぱりおいしいのよねー……ああー……カフェインがしみわたるー……」


 セバスチャンも同様の感想を持ったようだ。


「そのほかはさほど……お嬢様のお作りになったケーキのほうがずっとおいしゅうございましたね。お菓子作りも職人顔負けとは、お嬢様の才能には感じ入るばかりでございます」

「いやー、あれは添加物の勝利だからねー……」

「添加物……?」

「口当たりがよくなるように、パン種みたいな働きをする特殊な薬物を使ってるんだよね。あの薬は単体でも売れると思うわ。菓子職人のギルドと提携できればまとまったお金になるんじゃないかしら」

「ご商売がお上手でいらっしゃる。見習いたいものです。私もお嬢様のように才覚があれば、自分で稼ぐのですが。私にできるのはささやかな給仕のみでございますからね」

「そんなことないと思うよ?」


 ディーネはちょっとおどろいた。この万能執事が自分のことをそこまで低く評価していたなんて。


「セバスチャンはいい執事だよ。今まではたまたま世の中の仕組みが悪くて、評価されていなかっただけ。でも、事業がうまくいったら何もかも変わるよ」


 セバスチャンは戸惑ったように目を伏せた。それから遠慮がちに口を開く。


「……本当に、そんなにうまくいくものでしょうか」

「絶対大丈夫!」


 なにしろディーネは前世でああいうモデルのビジネスが実際に存在することを知っている。しかし彼にはそれが分からない。ディーネがどれほど口先で保証しても、不安になるのも仕方がなかった。


「自信を持って。働きに応じた報酬があるのは当然のことだよ」


 彼は驚いたように目を丸くし、それからくすりと笑った。


「……お嬢様は不思議な方でいらっしゃいますね」

「え……」


 ディーネはちょっとドキリとした。前世の記憶が戻ってからというもの、この国の人たちからは不思議がられるような行動ばかりしているという自覚はあった。


「本来ならば、お嬢様は私にただ命ずればいいのでございます。もともと執事とは主人の意に沿うように動く者ですから。こうして気遣ってくださり、しかも働きに応じた報酬を与えようなどと……本当に変わっていらっしゃる」

「それは別に、おかしくなくない? 大事なことだよ」


 セバスチャンはちょっと謎めいた笑みを見せた。


「お嬢様。商人と王の違いはなにか、お分かりですか」

「えっと……商人は自分で働くけど、王様は人に働かせる?」

「それもひとつの正解ではございますが、人を使う商人もおります。人を使う商人と、王との違いは、自分の利益を一番とするか、それとも他者に分け与えることを一番とするか、なのでございます。ですから、お嬢様のご商売のなさりようは、まるで王のようだと。卑小な私などは感じるのでございます」


 彼はふわふわと、見ているこちらが幸せになるような笑顔を見せる。


「あなたという王に仕えられる国民は幸せでございますね」

「そ……そうかしら」

「ええ。少なくとも、私は幸せです」

「……そう。よかったわね」


 常に無表情のセバスチャンがさっきからにこにこしているので、ディーネはとにかく落ち着かない。

 ――この人、こんな人だったっけ?


 どちらかといえば近寄りがたい印象だったセバスチャンのイメージががらりと変わってしまいそうだ。


「……王であっても、商人のように振る舞うものもおります。しかし、王のように振る舞う商人がいるとしたら、その者は王たる王よりももっと人を幸せにできるのではないかと、私は思いました」

「王であっても、商人のように……」

「今はまだ、お分かりにならなくても結構でございます。でも、きっといつか私はウィンディーネお嬢様にこのご恩返しをしたいと考えておりますから、そのことだけは頭の片隅に留め置きくださいね」


 分かったような分からないようなセバスチャン流の哲学にのまれて、頭にぴよぴよとハテナマークを浮かべているディーネを見て、彼はまた楽しそうに笑ったのだった。


 ――ミナリール商会の商品の考察と、新規事業の打ち合わせをして、お忍びの視察は終わった。



クラップフェン

ドイツの伝統菓子。揚げドーナツ。

地域によってはクルーラー、プファンクーヘン、ベルリーナーともいう。


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