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帝都アディールのカフェ巡り

 ワルキューレ帝国・帝都アディール。


 アディールは綿密な都市計画のもとに建てられた都で、道路や家々が碁盤のように並ぶ。

 上水道と下水道が配備され、この国の特色であるレジャー施設の銭湯が、街中に二百か所以上も点在。主要な道路には定期的に掃除夫がやってきて、街のゴミや塵を横の排水溝に落としてまわる。手入れのいきとどいた、きれいな街並みだ。


 公爵令嬢ディーネは視察をするべく、転移魔法を使ってこの帝都にやってきた。


 偵察先はおもにミナリール商会が経営するカフェやパン屋だ。

 これから同様の商品販売業で出店するのならば、下見は何回でもしておくべきだと考えたのだ。敵情視察がてら、今後の方針についても考えるつもりだった。


「カフェねえ……普通はカフェといえば『民主主義の揺りかご』ってなもんだけど」

「なにかおっしゃいましたか、お嬢様」


 隣を歩いている執事のセバスチャンが不思議そうな顔で話しかけてきた。

 彼にもバンケット事業のメニューの検討などで視察の結果を役立ててもらえればと思い、一緒に行かないかと誘ったのである。


「あ、ううん。なんでもないの。独り言」


 ディーネは首を振って、挙動不審にならないよう、少し姿勢を正した。敵情視察なので、今日はお忍びで行動しているのだ。変装もちゃんとしている。慌ててあたりを見渡すと、ひとり言などブツブツ言っていたせいか、なんとなく周囲の注目を集めているように見えた。


「私、街並みに溶け込めてないかな?」


 髪の毛を覆うスカーフをひっぱりつつ、セバスチャンの意見を聞いてみた。

 今のディーネは民族衣装風のエプロンドレスを身に着けている。喉元まできっちり覆うブラウスに、スカートと共布の胸部が深くくりぬかれたボディス、くるぶしまであるロングスカート、その上から真っ白なエプロンという構成だ。ボディスでみぞおちのあたりを締め付けて胸をくびり出すようなデザインになっているため、ディーネが身に着けると大変に胸元がさびしい。スカスカしている。


 セバスチャンは生真面目な無表情で言う。


「よくお似合いでございますよ」

「ちゃんと庶民っぽい?」


 セバスチャンは返答に困った様子で、目線を外した。

 彼としては仕えている主人に向かって庶民のようだなどとは口が裂けても言えないし、かといって今は高貴な姿をたたえるのもまずい、という板挟みに直面しているようだった。


「なんか目立ってる気がするんだよね。変装がうまくないってことかしら? アドバイスがほしいわ。似合う、似合わないでなく」


 ディーネがもう一歩踏み込んで要求すると、ようやくセバスチャンは遠慮がちに口を開いた。


「そうですね……お召しのエプロンが真っ白なので、目立っているのかと」

「あああ、そうね、普通はもっと汚れてるものよね!? 盲点だった……これを取ったらまだマシかな?」

「あまり、変わらないかと……」


 セバスチャンは慌てて言葉を継ぐ。


「その、けして変な意味ではなく、お嬢様には気品がおありなので。下々の者とは比較になりません」


 ディーネはしばらく考えたあと、食料品店の軒先でふとあるものに目を留めた。

 麻でできた袋だ。


「……あれを……」

「麻袋がどうかしましたか、お嬢様」

「目のところにふたつ穴をあけて……」


 セバスチャンはぎこちなく笑った。


「御冗談を、お嬢様」

「ついでにモリとかを持ったら……」

「……かえって目立ちます、お嬢様」


 セバスチャンは不器用にそう返す。どうやら、突飛なジョークなどが苦手であるようだ。予想外の言動には、『面白い』と思うよりも先に、『どうリアクションすれば模範的か』のほうに意識がいってしまうタイプらしい。


 アホなことを言っているうちにカフェについた。


「お、しゃれてるじゃなーい?」


 外観は古いお屋敷風だった。漆喰の間に木の枠組みが見え隠れする木骨造りで、窓にはトレーサリーという飾りの枠組みがついている。きちんとした設計がされているのか、規則的で左右対称、漆喰も塗りたてのように真っ白でありながら、不揃いな左官模様にどことなく手作りの味を残している。――計算されたカントリー風というやつだ。


 まず好きな席につく。そのあと店員を呼んでメニューを注文し、好きなところに陣取ってゆっくりお話をするというよくあるスタイルだ。


 ディーネは店員さんを手招きして、なるべく早口で告げる。

 まずは、ほんの小手調べに。


「キャラメルカプチーノドライライトシナモンパウダー入りグランデサイズで」

「すみません、注文は帝国語でお願いします」


 店員さんが若干イラッとした顔で注意してくる。


「私の完璧なカフェマナーが通用しない……だと……」

「あの、頼まないんなら俺もう行きますけど」


 店員さんが忙しそうにチラッと時計を見たそのとき、セバスチャンがそっと身を乗り出して、メニューをディーネに見せた。


「お嬢様、こちらのメニューはいかがですか。カフェに焦がした砂糖のシロップが入っていて、追加でミルクとシナモンをおつけできるそうでございます」

「それもうほとんどキャラメルカプチーノじゃない。すごいわセバスチャン。どうして私の飲みたいものが分かったの? 絶対分からないと思って言ったのに」

「お嬢様のお好みはよく存じております」

「あの、早くしてほしいんですけど……」


 からかわれていると分かった店員さんの血管が切れそうだったので、メニューを吟味せずにケーキを二、三注文し、去ってもらった。


「接客はいまいちね……」


 セバスチャンは涼しい顔でコメントを控えた。おそらく内心では『それはお嬢様がご無理をおっしゃるからでは』などと考えているのだろう。主人の間違いを面と向かっては否定しない。よくできた執事ではあるが、ディーネはちょっと寂しかった。


 待ち時間を持て余し、店内を見渡してみる。カフェは大盛況だった。なぜかこの世界にはかなり早くから喫茶の習慣が普及しているらしい。


 ディーネは不安になった。

 帝都の市民はみんな裕福そうで、庶民であっても満ち足りた顔をしている。とても革命を企てて日夜プロパガンダに励んでいるようには見えない。


 西欧史からいうと、カフェといえば革命、そして民主主義なのだが、この国は大丈夫なのだろうか。





ドライ

カプチーノなどの牛乳の量が増える。

ライト

生クリームやミルクをローファットタイプに変えてくれる。

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