誓約の刻印(※なにかカッコいいルビを振りたい)
「……刻印が反応したからに決まってんだろ。忘れたのか?」
ジークラインは呆れたようにそう言って、ディーネが羽織っている室内用ガウンの胸元を勝手にかっ開いた。
この世界の正装は胸元が少し涼しいデザインのものが多いため、ガウンがはだけるとデコルテが丸ごと露出する。パッと見で『乱暴に服を脱がされかかっている』と誤解されそうな体勢にされて、ディーネはものすごく焦った。
「なっ……! ちょっ……!」
「ほら、ちょうどこのあたりにある」
ジークラインが操る魔力に呼応して、鎖骨の下らへんが光った。
なにかの入れ墨のようなものが入っている。不思議な文様だ。幾何学的でありながら、単純な図形ではない。
「この刻印は婚約者が互いに刻みあう誓約の刻印だ。これがある限り、お前は俺に隠しごとができない。男がお前の、『身体』か、『魔力』か、どちらかに触れると俺に伝わるようになっている。逆の作用もある。俺が女に触れると、お前にも魔術的な感応があって、分かるようになっている」
ジークラインはちらりと研究員Aを見た。
「そりゃもう不快な感触がするんだ」
なるほどとディーネは思う。
それでさっきガニメデにつっかかっていたのか。
「まあ、婚約式のとき、お前はまだ三歳だったからな。何も覚えてなくても仕方ねえ。一応忠告しておいてやるが、婚約を解消するってことは、おれとの縁が切れるだけじゃねえ。この刻印も消えるってことだ」
「……? いいんじゃないの? ジーク様も不快な感触とやらがなくなって」
「馬鹿。俺は気を付けたほうがいいかもしんねえって言ってやってるんだ。今は俺が守ってやれるけどよ、刻印がなくなっちまったらお前はフリーだからな。公爵家の領土といい女、両方が手に入るとなればお前を狙う刺客が増えてもおかしくはねえ」
ディーネはぽかんとした。
「いい……女」
「お前のことだ」
「私は別に……」
「ああ、過剰な卑下はいらねえぜ。聞くだけ時間の無駄だ。誇り高くあれよ、お前はこのおれが認めるいい女だ」
やたらと厨くさい言い回しの捨て台詞を残して、ジークラインは消えていった。
「……うっぷ」
ちょっと酔った。タバコっぽいものでハイになっているところにあの厨発言はちょっと効きすぎたのだ。
「大丈夫ですか、お嬢様!」
ガニメデは駆け寄ろうとして、その場に踏みとどまった。
「……ここで俺が触ったら、もしかしてまた皇太子殿下が来ますかね? じゃあもう、何もしないほうがいいんでしょうか……」
なるほど、そういうことになるのね。
つまりジークラインは、セコムみたいなものなのだろう。
しかも並大抵のセコムではない。人類最強のセコムだ。
しかしそれはさておき、ディーネにはガニメデの発言が聞き捨てならなかった。
「えっ、なに、あなた、私の容態心配じゃないの?」
「どっちかといったらそうですね、殿下に睨まれる俺の立場のほうが心配です」
「ひどい! 私たち親友じゃない!」
「いつからそういうことになったんですか……」
「クラスが変わってもお昼は一緒にお弁当食べようって約束したじゃない! ひどいわ!」
「よく分かりませんが、そういうことは俺の名前覚えてから言ってくださいね……」
ガニメデの地味な黒髪や低い鼻、よく見ると整っている顔立ちは日本人を想起させ、ディーネには親しみやすいのだ。
それゆえの親友認定だったが――
「お嬢様って友達いなさそうですよね」
「失礼ね! 四人はいるわよ!」
「それ侍女でしょう……」
「あとあなたも入れたら五人ね」
「俺は勘定に入れないでください……使用人相手に空しくないんですか、あなたは……」
当のガニメデは心底いやそうにため息をついたのだった。