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呪われた存在(※『もの』とルビをふる)

 皇太子ジークラインがディーネの部下であるガニメデにつっかかっている。

 どうやら商品の使用試験でちょっとラリッてしまった婚約者のディーネを見て、なにかを誤解したらしい。


「こっ、こっ、こっ、こ……」


 にわとりか。落ち着くんだ研究員Aよ。


「皇太子殿下!!」


 ガニメデは、ディーネにはついぞ見せたことのないような感激顔で敬礼をした。


「いかにも。おれが皇太子だ」

「うわあ、本物……!!」


 はしゃいでいるガニメデを見て、ディーネはがぜん面白くなくなってきた。

 そういえばこの厨二病殿下、なぜか男からもモテるんだった。戦術の天才らしいので、軍需産業に携わるガニメデならばジークラインが打ち立てた奇跡の逸話のひとつふたつも知っていることだろう。だから彼が戦神の皇太子に憧れていたとしてもまったくおかしくはない。


 しかし雇用主としては面白くないなと思ってしまう。


「てめえはどこの何もんだ。名を名乗りな、三下」


 ジークラインから因縁をつけられたガニメデは、とたんにオロオロしはじめた。もはや不良からカツアゲされるメガネくんにしか見えない。


「俺は……」

「ちょっと、ジーク様、威嚇しないで! サバンナの野生生物じゃあるまいし!」


 ジークラインはディーネを見て、ますます不機嫌そうな顔をした。


「……精神が乱れている。高揚させて判断力を狂わせる類の薬物だな。意味の分からない妄言も出ている。サバンナとはいったいなんだ」


 彼は天才なので、この程度の分析は一瞬で済むのであった。


「私が自分でやったの! 研究員Aは介抱してくれてただけだよ」


 ジークラインはそのたぐいまれなる観察力で、あたりの様子をざっと見渡し、それだけでおおよその事柄を把握したようだ。的確に、ガラスのコップの水面に浮いている葉巻をつまみあげる。それが原因物質だとなぜ分かったのか、ディーネには不思議でしょうがないが、彼ほどにもなると見抜けてしまうのである。あふれでるほどの天才性がそこでも発揮されていた。


「これはなんだ?」

「タバコ……のはずなんだけど、ちょっと違ったみたい。麻薬? 性質の悪いものかも」

「なぜそんなものに手を出した」

「売り物を探してただけだよ。でもなんかこれは危なそうだからやめね」

「売り物……? 薬物を売るのか?」


 ジークラインは眉を寄せた。


「……熱心だな。けどよ、お前が実験台になる必要はねえだろ。お前はそんなに……」


 決まり悪そうに言いよどむジークライン。

 常に自信満々の彼らしからぬ所作である。


「……そんなにおれとの婚約を破棄したいのか?」


 心底解せない――という物言いは前と変わらずだったが、今回はちょっと傷ついたようなニュアンスが含まれていた。


「そのとおりですが」


 ――あれだけいやだって言っておいたのにまーだ分かってなかったのかこの人は。


 ジークラインはだいぶむっとしていたが、それでも次に発した言葉は抑制が利いていた。


「……だとしても、こういうのは感心しねえな。危険なことをわざわざ選んでするってのは。ディーネ、お前の身を、お前自身できちんと管理できねえで、粗末にするってんなら、商売人ごっこもここまでだ」

「ぐっ……正論……!」


 確かにまあ、危ないことをわざわざやらかすのは愚か者である。


「お前はおとなしく俺の言うことに従ってりゃいいんだ。なにしろこのおれの妃なんだからな。この世の贅沢と快楽のすべてが指先ひとつで意のままなんだから、不満なんて感じてる暇もねえよ」

「ひっ……!」


 ディーネはするどく息をのんだ。

 しばらく厨二病っぽい金言を食らっていなかったので、ちょっと刺激が強かったのである。


 この発言さえなければ、事実として彼はこの世界におけるほぼ最高スペックのいい男なのだった。

 ただ、この極度の厨発言だけが受け付けないのだ。


「や……やめてください……」


 ディーネはジークラインの神々しくもお美しいご尊顔から視線を逸らす。あまりにもいい男すぎるので、長いこと視界に収めているとだんだん脳みそがまひしてくるのだ。ジークラインの発言がすごく格好いいもののように聞こえだしたら要注意。もはや存在そのものが精神操作系の呪いといっても過言ではない。


「やめてください、じゃねえよ。そこは素直に『はい』と言え」


 ジークラインはディーネの側に寄り、指先で彼女のあごを上向かせた。

 あごを、くいっと、やったのである。


「――このおれの寵愛を与えてやるって言ってるんだ。つべこべ言わずにこうべを差し出せ。感激に打ち震えろ」


 ディーネは衝撃のあまり数秒固まった。

 結構好みのシチュエーションだっただけに受けたショックは大きかった。


 彼女はときめきと鳥肌の両方を味わうという、非常に珍しい体験をした。


「ひっ、ひいいいいいい! 触らないでええええ!」


 ディーネが全力で後ずさり、そこらへんにいた研究員Aを盾にすると、ジークラインはふたたび研究員Aをにらみつけた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 頑張れば頑張るほど『それだけ嫌われてる』んだもんな。同情はする。 でも、性格がブサイクというか。尊大すぎるんだよなぁ。 人間性じゃなく、思想傾向が……。 パンクロッカーか八十年代日本人なら一…
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