借金を整理します
バームベルク公爵家には借金がある。
大金貨にして一億枚という大金だ。現在、公爵家の地代の収入が三万ほどなので、三千年以上かかっても返しきれない計算になる。
「こんなアホみたいな借金、普通は無効だよねえ……」
ディーネは思い立った――債務整理をしよう。
契約の状況を見直せば、もう少し金利が安くあがるかもしれないのだ。見直さない手はない。
ディーネはさっそく家令のハリムに命じて、現在の経済状況を確認させた。
「お嬢様が領の経営を開始されてからちょうど二週間経ちました。ディーネさまが今月に行った事業は以下のとおりです」
『不要な軍事用品の売却』
こちらは大金貨で百万枚分の売り上げとなったが、甲冑や魔法石など、もともとあった設備を売却しただけなので、公爵領の借金減額に計上して、ディーネの持参金にはノーカウント。
――これで公爵領の借金は9,900万になった。
『ワゴンブルクの興行と実況販売』
こちらは国内のあちこちでこれまでに計三十回行い、小銀貨十枚の模型を約六十万個売り上げた。大金貨にして六百枚だ。
――これでディーネの持参金は9,400枚になった。
「うーん、わが国の人口を考えたら、これ以上の売り上げは厳しいかもしれない……」
きちんとした人口調査などをしていないので詳細は不明だが、これだけの数を売り上げたということは、男児の数割がくだんのフィギュアを所持しているぐらいの普及率だろう。
もともと『戦争に勝ったうちの国スゴイ!』という感情を見越しての商売なので、他国に売りつけるわけにもいかない。
「次はジークの騎竜の模型でも出してみようかな……いや、もういっそ本人のフィギュアでもいいかもしれないわね……あいつあれでも『戦神』って呼ばれて崇拝されてるらしいし……目のところにライトを仕込んで光らせたら面白いかも……」
「アイデアだしは結構ですが、今は帳簿の整理を進めてもよろしいですか?」
「あ、ごめん、ハリム。続けて」
新しい製法のケーキ屋の出店。
こちらはまだ来月のオープンを目指して準備段階だが、ナリキの試算よりも少し多めの金額を見越している。
原価や手間賃などもろもろ差引きで、ひと月あたり大金貨で十五枚の純利益を目標として各店舗に設定してみた。貴族向けの高級な店構えにしつつ、お値段は少し抑え目で、貴族に憧れる庶民も積極的に取り込んでいく。それをひとまず三店舗用意した。
これにより、来月末にはディーネの持参金が9,355枚になるはずだ。
さらに、来月以降にはひと月あたり金貨四十枚から五十枚前後、収支が増えていく計算である。
「そういえば、この間の園遊会ではミナリール家から妨害工作を食らっていたのよね……あの子にも話をしなくちゃ」
「お嬢様、その件についてもまた後日で」
「ええ、ごめんなさい。今は帳簿ね」
他の屋敷に宴会のプランを提案するバンケット事業。
こちらはまだ未知数だが、来月だけですでに五件の契約を取っている。どれもかなり規模の大きいお茶会なので、最低でも金貨五十枚程度の利益になるだろう。
これでディーネの持参金は残り9,305枚。
――以上がディーネの仕事の全容だった。
確認が終わって、ディーネはため息をついた。
「ううーん、まだまだ足りないわねえ……」
「お父上の借金が痛手ですね」
「そう。それでね、借金を減らす方策をいくつか考えたのよ。で、最初に確認しておきたいんだけど、この国の貸金に関する法律はどうなっているの?」
「法律……ですか?」
ハリムは困り顔だ。
「そう。法律。お金を貸すときに、年収の何パーセントまでしか貸しちゃいけない、とか、そういうのよ。知ってることは全部教えて」
「ええと……そうですね。この国の場合、法律が大きくわけて三種類あるというのはご存じですか」
もちろん知っている。クラッセン嬢はハイパーなエリートなのだ。
「ひとつは『慣習法』」
その土地に代々伝わる土着的なルールというやつだ。たとえばバームベルク公爵家の屋敷がある公爵領の中心地・バームベルクには、バームベルク人がおもに住んでいる。バームベルクに住むバームベルク人が守ってきたルールの集大成が『バームベルク慣習法』だ。
同じ国内であっても、慣習法は地域や民族によって大きく異なる。バームベルクよりもっと北のほうに行くとバームクーヘン人が住んでいて、バームクーヘン慣習法が通用する地帯になっている。
バームベルク領内で起きた小さなもめごとはおおよそこの法律を目安に解決が図られている。もめごとがこじれにこじれて、現代で言ったら高等裁判所に相当する『領主裁判』までもつれ込むか、あるいは、領主その人が民から最高裁たる国王に訴えられた場合などはまた事情が変わってくるが。
「バームベルク慣習法によると、『借りたものは、借りた人に返さねばならない』とありますが、とくにお金の貸し借りを強く制限するような項目はなかったはずです」
「え……そうなの? 収入以上に貸し付けちゃダメとか、そういうのはないの?」
「ありません」
ディーネはちょっとがっかりしたが、次の項目もあげてみることにした。
「もうひとつは『ワルキューレ帝国法』ね」
これはこのワルキューレ帝国が千年以上も昔に編纂した法大全で、抜群に理論的で使い勝手がいいということで、おもに国際的なもめごとの調停などで使われる。
この世界には古くから魔法が存在し、転移魔法を使えばはるか遠方にある国とも簡単に交流ができたので、古代からすでにグローバル化が始まっていたのだ。
なので言語としてもワルキューレの言葉は世界中で通用するし、法律もワルキューレがグローバルスタンダードなのである。
「ワルキューレ法では、年利が八十パーセントまで認められます」
「多ッ!!」
八十パーセントって。ウシジマくんもびっくりだよ。
「いくらなんでも多すぎると思うんだけど……」
「まあ、ワルキューレはそうやって、まだ金融や融資の概念を持たない未開の地にも金を貸し付けて繁栄してきましたからね」
「暴動が起きるんじゃ」
「そのときは世界最強のワルキューレ帝国軍が大量の魔法石を使って攻めてくるので」
「勝てるわけない」
「ワルキューレは全世界のどの地域よりも強大で富んだ帝国なんですよ」
「外国人は語るね」
「いろいろありましたからね……」
ハリムはとても静かな声でそうつぶやいた。この賢くて仕事ができるハリムにこんな遠い目をさせるとは。ワルキューレはどれほどの辛酸をハリムの国になめさせたのだろう。怖くて聞けない。
「まあいいよ。バームベルク慣習法でもワルキューレ帝国法でもこの暴利が違法じゃないことは分かった。あとひとつの、『教会法』は?」
ワルキューレの国教であるメイシュア教が定めた、もめごと調停のルールの発展版が『教会法』だ。
教会法はワルキューレ帝国法をお手本に、より弱者にやさしい法律を目指して発展してきたので、ワルキューレ法が気に入らないのなら、教会法を引っ張り出してくるという最終手段が取れるのだ。
ただし通用するかどうかはメイシュア教の浸透具合による。
メイシュア教を信じていない人にはもちろん通用しない。
「教会法は……」
――ハリムは、ディーネが想像もしていなかったようなことを言った。
玩具販売
未知数
ケーキ屋
+40~50(枚)/月
バンケット事業
+50(枚)/初月
来月以降は未知数