結婚式(4/5)
ごくふつうの、どこにでもあるような、何の変哲もないお姫様ドレス。装飾過剰で女性的で、ゴシックやロココの香りがただよう、フリルとレースの集積物。
――そうよ。私はこれが着たかったのよ……!
皇族の規範には、正装は魔法蜘蛛の繊維に限る、とあるが、重ね着に関する禁止条項はない。スカートをふくらませる詰め物などもないほうがより格式が高いとされているが、これはどちらかといえば補正器具よりもレースの体積のほうでスカートにボリュームを出している。
ルールは守りつつ、自分の着たいものに仕上げたのだから、誰にも文句など言わせない。
その思いで周囲を説得して回り、無事に許可が降りたのである。
これをきっかけに、ディーネが着る服もじょじょに普通のものにしていけたらいいなと思う。
変な服を着させられる伝統はディーネの代で終わりにしてやるのだ。
ともあれ、ひととおりウェディングドレスを着せつけてもらって、侍女たちに仕上がりを見てもらった。
「それにしてもよくお似合いですわぁ。雪の女王みたい」
やや文学的な修辞をくれたのはシスだった。
「きれいですけど、これはディーネ様にしか似合わないドレスだと思いますわ」
ナリキはなんとなく自虐的なニュアンスでそう言った。
「真っ白なドレスではあまりお目立ちにならないのではないかと心配しておりましたけれど、雪のような純白ですとかえって派手なのですわね」
おしゃれ番長のレージョは最後まで渋っていたが、新開発のレースを見てからはディーネの意見に賛成してくれるようになっていた。
「そうね、目立たないといけないって点に関しては問題ないと思うわよ」
長い長いトレーンのスカートに、同じ長さのヴェールを引きずって歩くのだから、ジークラインの隣に立たされてもそこそこ存在感が出るに違いない。出るはずだ。そのつもりで製作したのだから、そうでなくては困る。
――今度こそ……!
ひそかにディーネは拳を握る。そう、今度こそ、何をしてもジークラインのほうに注目が集まる状態におさらばしないといけないのだ。結婚式で、花嫁が無視をされているようではさすがに辛い。人生で一番華やかな装いをして、みんなに祝福してもらう儀式なのに、ここでもジークラインのほうがずっとよかったなどと言われてしまってはやりきれないではないか。ヨハンナがこれみよがしに『花婿はよかったけど、花嫁ってどなたでしたっけ? ああら、ディーネさん、いらしたのねぇ』などと嫌味を言う場面が目に浮かぶ。ディーネにとってのジークラインは、好きな相手であると同時に、終生のライバルでもあるのだった。
「せめて、せめて結婚式くらいは、ジーク様ともお似合いだったって言われてみたいわ……」
ディーネがぽつりともらすと、侍女たちは口々に慰めてくれた。「お気を確かに。ディーネ様は誰よりもお美しいですわ」「目の覚めるような美しさです」「人間界一の美少女ですわぁ」
***
ディーネが自宅の礼拝堂の玄関ポーチに姿を現すと、歓声が上がった。
珍しいレースのドレスに注目が集まり、すぐに女性たちの間で露出度が高いだとか、レースの透け感が上品でいいだとかいったような論評が湧き起こる。
「馬子にも衣装じゃのう」
「先生……」
いささか意地悪い調子でそう言ったのはディーネの師匠、聖職者のベルナールだった。
彼と、エストーリオと、あと三人ほどの聖職者が皇帝家から選ばれて、結婚式の司式を行ってくれる予定であった。
「赤ん坊のおくるみがよう似合うわい」
「婚・礼・衣・装、でございます」
「ほほう、その白いビラビラが婚礼衣装とな。あんまりよく似合ってるもんでの、何かの間違いかと思うたわ。生まれたてのガキのような肌艶をしおってからに。十年後に出直すがよいぞ」
――どうしてこの人が偉い学者さまなのかちっとも分かんない!
ディーネが内心悪態をついていると、ベルナールは自分の腰あたりに手のひらをかざした。
「ついこないだまでこーんなに小さかったくせにのう。もう結婚か。そんなに生き急いでなんとする。人生は長いのじゃぞ。本当に早すぎる……」
この老人にしては珍しく声に感情が出ていたので、ディーネは怒るのを忘れてぽかんとした。
「せめてそなたの前途が希望に満ちたものであるように――神よ憐れみ給え」
まだ儀式が始まってもいないのにお祈りの言葉まで持ち出され、ディーネは『熱でもあるのかしら』と心配になった。
いつになく真面目なベルナールの横で、悲壮なオーラを隠しもしないのがエストーリオである。パパ公爵も困惑していた。
どう考えてもこの結婚式の司式がエストーリオなのはおかしい。
ディーネのみならず、ジークラインやエストーリオ自身もそう思っているようなのだが、世界最大派閥の教皇と縁続きであること、公爵家とも懇意にしていることなどの条件を考えると、どうしても彼が主宰ということになってしまうのである。
「あの、体調がお悪いようなら、お断りになってもよかったんですのよ?」
司祭の代わりはいくらでもいる。思わずディーネが声をかけると、エストーリオは首を振った。
「フロイラインのウェディングドレス姿が見られるのは今回だけでしょうから」
「そ、そう……」
「お綺麗ですよ。職業柄さまざまな花嫁を見てきましたが、あなたほど清らかな方はいませんでした」
ディーネは冷や汗をかいた。パパ公爵の目の前でしているやり取りである。トラの尾を踏んでおかしなことを口走ってもらっても困るが、ディーネが必要以上に動揺して、パパ公爵から妙な誤解を受けるのも困る。
ディーネは葬式でも始めそうなテンションのエストーリオに、結婚式用の花冠を祝福してもらい、それを身に着けた。白いミルラの花冠はウェディングドレスともよく調和した。
周囲の人たちから綺麗だ、かわいいと褒めそやしてもらって、ディーネは少し自信を取り戻した。願わくば、本番当日にも同じことを言ってもらえるようにと祈るばかりだ。
「衣装の力ってすごいですね。見違えましたよ。誰かと思いました」
若干失礼なことをへらへらとのたまったのはお抱えの錬金術師、ガニメデだった。いつもの冴えない眼鏡と野暮ったい服、その上から白衣をひっかけている。
「……うちから支給したお仕着せはどうしたの?」
結婚式には使用人も参加するものなので、この日に合わせてお仕着せを全員に支給してあるはずだ。今日に限っては従業員はみんなセバスチャンたちが着ているような、きちんとした格好をしているはずなのに、彼だけ普段着で浮いている。




