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セバスチャン その2

「いいねいいね、執事たるものいついかなるときも感情を表に出してはならないみたいなその表情! セバスチャンならどこの家の貴婦人の前に出しても恥ずかしくない!」


 セバスチャンは急にはしゃぎだしたディーネにも、真面目くさった対応をする。


「……? ありがとうございます……あの、話が見えませんが」

「新しくバンケット事業を始めようと思うの。セバスチャンは宴会部長に任命します!」

「……すみません、私の理解が悪いようなのですが……何のお話でしょうか」


 彼はやはり、無表情で慇懃な態度を崩さない。


「簡単よ。よその家の屋敷に行って、宴会をひとつ指揮してくるお仕事」


 彼は困ったように首を傾げた。


「……私は、今の仕事を気に入っておりますが……左遷、ということでしょうか? なにか至らないことでも……」

「違う違う、むしろ栄転よ! お給金はこのぐらいで!」


 ディーネが豪快にそろばんの珠を動かすと、セバスチャンの目の輝きが増した。


「……詳しく聞かせていただいてもいいでしょうか」


 控えめながらも、好奇心を隠せない様子で言うセバスチャン。


 ――やった、食いついた。

 ディーネは内心ほくそ笑む。誰だって自分のもらっている給料が三倍になると言われたら少しくらいは話を聞いてみようと思うものだ。


 ディーネが簡単にプランを説明すると、セバスチャンはうなった。


「しかし、宴会の準備は、お嬢様が考えていらっしゃるほど簡単ではありませんよ……」

「そこであなたの能力が問われるというわけなのよ! どう、うちで平凡な執事業をしていたらこんな金額絶対に稼ぎ出せないでしょう?」

「それは……」

「基本給はこのぐらいで、あとはあなたの仕事ぶりに合わせて算出していくわ! ひとまず考えてみて? セバスチャンなら絶対成功させるプランを考えられるはずだから!」


 セバスチャンは、まだ戸惑っている。


「しかし、私などに、そのような大役が務まるでしょうか……」


 控えめな謙遜のしぐさ、憂いを含んだ表情、母性本能をくすぐる甘くやわらかい語尾の濁し方。

 なにもかもが完璧だった。


「絶対大丈夫よ!!」


 ディーネが思わず太鼓判を押すと、彼は――照れたようにはにかんだ。

 無表情なセバスチャンにしては珍しい表情だ。これが乙女ゲーだったら今ここがスチルになったね。間違いない。


「……簡単におっしゃいますね。でも、私の能力を買うとまで言われては、挑戦してみたくなってしまいます。お嬢様もお人が悪い」


 それからセバスチャンはハリムに向けて苦笑してみせた。


「近頃、お嬢様がなにか積極的に行動していらっしゃるのは存じておりましたが、あなたもいつもこのような無茶を言われているのですか?」


 ハリムは肩をすくめる。


「慣れました。それに、案外悪くないものです」

「なるほど」


 セバスチャンはなにやら感じ入ったように深くうなずいた。


「お嬢様も罪なお方ですね。人をたらしこむのがお上手でいらっしゃる」

「う、そうかな?」


 ――別にたらしこんではいないんじゃないかなぁ。

 ハリムがディーネの無茶振りを引き受けているのは、パパ公爵に命令されたからだ。パパ公爵はディーネとジークラインの仲を取り持つことに命をかけているからハリムもディーネを邪険に扱うわけにはいかない。

 さらにセバスチャンにいたっては、お金で釣っただけである。誰だって今の数倍以上の給金を出すと言われたらやる気を出すだろう。


 それとも遠回しに「面倒くさいことを言うやつだな」と嫌味を言われているのだろうか?

 その可能性はありうる。

 セバスチャンはなにしろ執事。迂遠な嫌味などもお手の物だろう。


「面倒くさいことを頼まれてくれて、ふたりには感謝してる。ありがとね」


 ディーネがそういうと、セバスチャンは謎のほほえみを見せた。


 ――え、あれ? なんで笑うの?


 なにかおかしなことを言っただろうか。

 ディーネが戸惑っていると、セバスチャンはなにか小動物を愛でるような目つきでディーネを見た。


「な……なに?」

「いえ、まさかお礼を言われてしまうとは思わなくて。なかなかいらっしゃいませんよ、使用人にそこまでお言葉をかけてくださる方は」

「助けてもらったらお礼をいうのは、当然じゃない?」


 ディーネが言うと、セバスチャンとハリムはふたりで顔を見合わせて、やれやれ、というように笑った。


「ちょっと、もう、なんなの。ふたりして……」


 納得がいかないディーネを置いてきぼりに、使用人のツートップはほのぼのとほほえみ合う。ふたりには悪いが、立派な成人の男性が目と目で通じ合ってるのはけっこう薄気味が悪い。


 わけが分からないと思いつつも、時間が惜しかったので、ディーネはいったんそのことを忘れて、今後のことを相談しはじめたのだった。



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