結婚式(2/5)
ディーネは大広間の喧騒を抜けて、小さな部屋に移った。
そこにはディーネの父母や代父を始めとした公爵家の構成員がいて、日暮れ前に到着していた皇帝家の使者とテーブルをはさんで互いに向かい合って、立っていた。
皇帝家からの使者がひとり進み出て、即興の歌を吟じるように、独特の節回しで告げる。
「うるわしの花嫁に告げる、われらはいとも尊き皇帝陛下より婚礼の祝いを授けに参った」
ディーネの家からも同じようにして返答があった。家来たちは詩吟で互いの家の繁栄を讃え合い、花嫁を祝福するための歌をいくつも披露した。
皇帝家から公爵家に下賜された品が長テーブルに並べられ、白い布の覆いを外された。
数えきれないほどの宝石で装飾された王冠が、卓上の枝付き燭台に照らされて燦然と光る。
使者の解説で、これは大小五個ずつのルビーが花形の金細工の中央部に据えてあり、周辺部をブラックオニキス、サードニクス、真珠、珊瑚、ダイヤなどで埋め尽くした品だということが周知された。
――つまり宝石がいっぱいついてるってことね。
説明が長くてくどいのでディーネはすでに聞き流している。
アクセサリーの贈答品はその他にもブローチ、ベルト、チャプレットなど、女性の身の回り品一式がずらりと並び、それぞれ信じられないほど豪華な宝石がついていることが順を追って説明された。ブローチには十六個のサファイアと二十五個の白色真珠がちりばめてあり、セットで着用するために同じデザインであつらえたベルトにも、貴石がふんだんに使われている。チャプレットと呼ばれる数珠状の聖具には、大きな薔薇の銀細工に小さなトルコ石が吊ってあるが、石を留める金具すべてに精緻な蕾の彫刻が入っていた。
これらのアクセサリーはすべて、ディーネが戴冠式で着用するためのものだった。
その他にも、食器にほどこすメッキ用の金塊十キログラム、銀のカトラリーが百六十点、リスの毛皮が一万点などなど、皇帝家から譲り受ける婚資にふさわしい名品の数々がすっかり読み上げられると、吟遊詩人は最後に、花婿のジークラインを贈答品のリストに付け加えた。
しかし、ジークラインの姿はない。
彼とは新居で行う結婚式の当日に再会予定である。
これもまた王族の結婚にはよくあることで、両方の領地で結婚の披露宴をしなければならないとき、双方の都合がつかない場合は代理の花嫁や花婿を立てて何度か結婚式を行うことになっているのだ。
司式を行う司祭が、これらの贈答品すべてに聖水の祝福を与えた。
仰々しい婚礼品の引き渡しが終わり、代理の花婿に仕立て上げられた人物が大広間に入場する。
カクカクとした動きで歩いてきたのは、ディーネの上の弟、レオだった。
彼は釣り目がちの瞳をいっぱいに見開き、頬を紅潮させていた。婚礼用の礼服に身を包んでいるが、完全に服に着られてしまっており、カッコいいというよりは初々しい。
「せ、拙者、あ、姉上のお相手をつかまつる!」
――古武士かな?
どうやらレオは極度の緊張状態に陥っているらしい。喋り言葉に変な古語が混じっている。
目をらんらんと光らせたレオにぎこちなくエスコートされて、ディーネは両親たちに先駆け、また大広間に戻った。
勇み足で廊下を進むレオは、これから討ち入りにでも行くのかというほど殺気をみなぎらせている。
「……レオ、もうちょっとゆっくり歩いてくれる?」
彼はハッとした表情で振り向いた。心の底からしまったという顔をしているので、ディーネは吹き出さないようにするのが大変だった。
怒ってないことを表すように軽く肩を抱いてあげると、レオは少し緊張が解けたのか、ディーネに向かってこんなことを言った。
「姉上、僕は、皇太子殿下から、姉上をちゃんとお守りするように命じられている。チェルリクと戦争を始めたら、姉上の身辺にも不届き者が現れるかもしれないとおっしゃっていた。殿下がご不在でも、心配はいらない。僕が代わりに姉上を守るから」
興奮気味にたどたどしく話す幼い弟がかわいすぎて、ディーネは身もだえした。
「ありがとう、頼もしいわ」
レオがちょっと得意げな顔つきになったのを、ディーネは見逃さなかった。
――だめ、勝てる気がしない。
もしもこの会場で一番かわいい子を選ぶ選手権を開催したら、花嫁のディーネを差し置いてレオが優勝しただろう。
小さなナイトに連れられて、大広間に戻ってみれば、そこではすでに夜通しの宴会が始まっていた。バグパイプやハーディ・ガーディ、木笛がひょうきんな旋律を奏でる横で、ワインや鶏を狙う人たちがテーブルに殺到している。
「頼もしい騎士さま、一曲踊ってくださる?」
緊張しきりのレオに合わせてお行儀のいい輪舞を何べんかしたところで、後ろから何かが勢いよくぶつかってきた。
「姉さまー! 何かお忘れではありませんかー!? 姉さまー! 僕をお忘れではありませんかー!?」
振り向かなくても誰だか分かる。下の弟のイヌマエルだ。
「もう姉さまのお菓子が食べられなくなると思うと僕は……僕は……ううっ……!」
イヌマエルはすでに泣いていた。
「こんなに早くお別れがくるのなら、もっと姉さまのお菓子がおいしいって言っておけばよかったです……もっとたくさん作ってもらえばよかった……姉さまのお菓子が大好きだったのに、僕は……」
いささか動機が不純ではあるが、別れを惜しんでくれていることには変わりない。ディーネだって弟たちを置いていくのは忍びないので、つられてしんみりした。
「姉上……」
袖を引かれて振り向いたら、レオまでもらい泣きしそうになっていた。なんて可愛いのだろうと感激したディーネは、ふたりまとめてぎゅっと抱きしめた。
「転送ゲートもあるのだし、すぐに帰ってこれるわ。あなたたちもいつでも遊びにいらっしゃい」
しばらく三人で抱き合った。
その後、イヌマエルとレオとでさんざん踊ると、飽きっぽいイヌマエルがうとうとし始めたので、暖炉のそばにある寝椅子に落ち着かせた。そのうちにレオも一緒になって眠ってしまったので、ディーネは使用人をつかまえて毛布を持ってくるように言った。
夜も更けてきたが、広間の人たちは相変わらず楽しそうに飲み食いしている。外の庭にしつらえたキャンプファイヤーのあたりからときおり大歓声が聞こえてきていた。ディーネは自分の結婚式だというのに、どこか遠い国の出来事のようにその光景を眺めていた。
「お嬢様も少しお休みになってはいかがですか」
声をかけてくれたのはセバスチャンだった。裏方は今ごろ目も回るほど忙しいだろうに、それを少しも感じさせないふんわりとした笑みだ。
ディーネはうっかり和んでしまい、しばらく返事ができなかった。弟たちに毛布をかけてあげるセバスチャンをほのぼのとした気持ちで見守る。彼の何気ないしぐさには、ぬくもりのあるやさしさが感じられた。
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