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バームベルク公爵領の転生令嬢は婚約を破棄したい  作者: くまだ乙夜
二巻発売記念番外編

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戦争には勝ったけど(上)


 年末の大祝祭も間近の十二月中旬。


 戦争が始まってから三十二日目に、チェルリクの首都・ユルドスは陥落した。


 チェルリクの大皇帝は戦死し、代わりに皇族チェルリク人を率いた右玉――右玉とはチェルリク人国家独特の役職で、ワルキューレの皇太子にも等しい職らしい――がジークラインに恭順を誓うことで合意。


 ワルキューレの勝利である。


 教会の鐘という鐘がかき鳴らされ、嬉しいニュースを触れ回る伝令兵が、道行く人に銅貨を配って歩いている。


 祭日前の食事制限はどこへやら、街のあちこちで乾杯する人の声が相次ぎ、戦争の難民たちにも大規模な炊き出しと戦勝記念のささやかな菓子パンが配られた。まるで祝日のときのように、大通りには旅芸人たちの姿も見られた。


 戦勝の報は帝都アディールを吹き荒れ、数時間後には公爵領にいたディーネの耳にも届いた。


「ジーク様は!? いまどちらにいらっしゃるんですの!?」


 転移魔法を駆使してさっそく公爵領に戻ってきたパパ公爵へ、ディーネが勢い込んで尋ねると、パパ公爵は戦争中にろくに洗っていなかったとおぼしき砂と埃まみれの顏を水桶で一通り綺麗にしたあと、リネンの隙間から、ちらりとディーネを見た。


「殿下は戦後処理で奔走しておられる。私もすぐに戻らなければならない」

「でしたら、わたくしが会いたがっていたと伝えてくださいまし!」


 何しろ丸一か月も顔を合わせていないのだ。とにもかくにも、ひと目でいいから無事な顏を見せてほしかった。


「分かっているから、落ち着きなさい。いつ殿下がお戻りになってもいいように、部屋でおとなしくしているんだよ。ほら、パパは着替えをするから、出ていった出ていった」


 パパ公爵はディーネを部屋から追い出すと、無情にドアをばたりと閉めてしまった。


「なによーっ! もーっ!」


 ディーネにはパパ公爵に聞きたいことが山ほどあったのだが、こうなっては部屋で座して待つより仕方ない。


「あらぁ? もうお戻りですの?」


 喜び勇んで出ていったはずの主人がすごすごと戻ってきたのを見て、侍女のひとりが声をあげた。


「公爵閣下はなんておっしゃってました?」

「ジーク様はまだみたい。部屋で待ってろってさ」

「あら、もどかしいですね。お茶の準備だけはさせておきましょうか」

「お願い、ジージョ」


 筆頭侍女にあれこれの準備をお願いして、ディーネは軽く着替えて、髪を結い直した。

 セットアップを手伝ってくれた侍女が後ろから鏡を覗き込んで言う。


「こんなにお可愛らしくてお美しい女性を放っておいて戦争なんかに明け暮れる殿方の気が知れませんわ」

「ホントですわぁ。わたくしが夫なら二十四時間ずっとディーネ様のお顔を眺めて暮らしたいですもの」

「ますますおきれいになりましたよね、ディーネ様」


 励ましてくれている侍女たちにお礼を言って、ディーネはスツールにそっと座り直した。

 ドレスにしわをつけないように、そして髪を崩さないように過ごすのはこれでなかなか骨が折れる。ジークラインを待つ以外、他にすることもないので、ぎくしゃくした動きで手近にあった刺繍セットを取り上げ、続きを黙々と刺した。


 夜になり、侍女たちがそれぞれ引き上げていってもジークラインの訪いはまだなかった。


 ディーネは刺繍の手を休めて、部屋の隅にあるトルソーに目をやった。

 埃避けの布をかぶせられたそれには、ウェディングドレスが着せてある。すでに完成しており、ヴェールともども式の日を待っている。


 結婚式の準備はあらかた終わっている。細々とした小物の製作と、確認事項少々を除けば、あとは戦勝の報を待つだけだったのだ。


 ここまでことを運ぶのは大変だった。

 ワルキューレ側との無数の打ち合わせに始まり、料理、ドレス、使用人の扱い、会場の数と日数、どれひとつ取ってみても、これまでに経験した宴会の比ではなかったのである。大公爵家と皇帝家の華燭の宴ともなると、不測の事態が次々に襲ってくる。


 まず聖堂の移築。

 大きな建築物を転移魔法で移築する手法は、この世界ではときどき行われる。


 しかし今回は誰も移築先の地盤がどうなっているのかなど知らなかったのだ。


 仕方なくディーネはワルキューレに残る古い伝承を総ざらいした。それによるとどうにも、ワルキューレはほとんど地震を経験したことがないらしい。地震に関する記録がまったく残っておらず、千年前の石造建築物も余裕で残っているほど地盤が頑丈だ。


 ひるがえってチェルリク側はどうなのか、まったく読めなかった。彼らは文字そのものを最近まで持たなかったらしく、ほとんどは口伝に頼っているというのである。


 いくらなんでも地震がどの程度あるのかも分からない地に繊細なバットレスが生えた石造建築を持っていくのは無茶だ――ディーネはそう主張したのだが、誰も聞く耳を持ってくれない。石造建築はおしゃれ目的で本体を細く長く作ったりするが、そうすると自重に耐え切れず倒壊してしまうので、支えとしてバットレスを生やすのである。建築にむちゃくちゃ時間がかかる最新技術の建築様式なので、移築の手法も現時点ではそんなに定まっていないとのことだった。ますます危なっかしい。


 ワルキューレの伝承を集めてくるのも大変だったのに、チェルリクの口伝を全部採取するのは無理。この短時間では統計的に信頼できるデータにはならないと思い、ディーネは移築自体の取りやめをさせようと思って働きかけたが、徒労に終わった。


 ――皇帝陛下のご希望ですから。


 やはり皇帝の意思決定は強い。直接具申する機会もあったが、不思議なものを見る目で見られただけで終わってしまった。


「伝承なんかがそんなに大事なもんかね?」

「大事ですわ。特に大きな地震や津波などは、周期が一定していることもあるのでございます」


 地震大国日本の知識があるディーネからすれば常識だが、皇帝にはやはり奇妙に聞こえるらしい。

 皇帝陛下はまじまじとディーネを見た。


「……それは誰から教わった知識?」

「え? ええと……ジーク様ですわ」


 ディーネの必殺、『なんでもジーク様起源』で不自然な点を回避すると、皇帝はちょっと目を細めた。


「……あいつが?」

「じ、じーくさまはなんでもよくごぞんじなのでございます……」


 ちょっと苦しいだろうかと冷や汗をダラダラ流しながら思っていると、皇帝は何も問題ないというように大きく手を振った。


「危急の問題であればあやつが直接わしに言ってくるであろうよ。何も言わぬのならば問題あるまい」

「……は、はい……」


 ――ああ、もう、この場にジーク様さえいてくださったら!


 彼から口添えしてもらえれば意見を通せたはずなのにと思うとディーネは悔しくてならなかった。


 自分の立場の弱さを実感する出来事である。


 しかもこうした出来事は何度も起きた。


「だから、ウェディングドレスは肌に密着させるべきではないと何度も申し上げているでしょう!? 布地が貧弱に見えて、経済力を疑われてしまいますわ!」


 どこの世界にぱっつんぱっつんのウェディングドレスがあるというのだ。

 そうだ、この世界だ。


 ディーネは何度もデザインのリテイクを出したが、皇宮からの返答は『規則ですので』の一点張りだった。


「ああそう。そんなに規則が大事だってんなら、守ってやろうじゃないの……!!」


 ドレスに使う新素材の開発に力が入ったことは言うまでもない。

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