お嬢様とゆかいな使用人たち・その三 ~執事のセバスチャン~
トラブルはいくつかあったものの順調に収拾がつけられ、ディーネが即席で指揮したケーキづくりは成功のうちに終わった。
「残りのケーキ、無事会場に行き渡りました!」
報告を受けて、ディーネもほっと一息ついた。
侍女から受け取ったタオルで汗をぬぐう。冷却の魔法を使いすぎて、全身に汗をかいていた。
「会場の様子は? お客様から苦情は出ていない?」
「心配いりませんわ。ザビーネさまとベラドナさまがうまく取り持ってくださいました」
「お母さまと皇妃さまが……」
社交界の白薔薇と呼ばれる公爵夫人と、諸外国から空飛ぶ孔雀とたたえられる皇妃がそろって楽しい歓談を仕掛けてくれたのなら、さぞや楽しい会になったことだろう。
ディーネも髪型を直して園遊会に顔を出すと、わっと歓声に包まれた。
「ディーネ! ああ、抱擁させてちょうだい! すばらしいデザートだったわ!」
ベラドナにひしと抱きしめられて、ディーネはちょっとうろたえる。
「あなたがお勧めしてくれた新しいケーキは世界一ね! ぜひとも皆さんに教えてさしあげたいわ!」
「あ……ありがとうございます、ベラドナさま……」
「今シーズンに行う行事の軽食はすべてあなたのところの菓子職人にお任せしたいぐらいよ。できないかしら?」
ディーネは驚きつつも、即座に脳内でそろばんをはじいた。
「なんとかいたしますわ、ベラドナさま」
「でしたら、わたくしもお願いできないかしら? ちかぢか田舎の屋敷でお茶会を催そうと思っているのだけれど……」
横から声をかけてきたのはリーベンシュタイン伯夫人だった。
ディーネは内心小躍りしつつ、快諾する。
――こっ、これは、ぼろもうけの予感……っ!
ケーキとしての『商品』を販売するだけなら、それ単体の値段しかつかない。しかし、宴会の『プロデュース』も含めた、総合的なサービスの提供ということであれば、商品単体の価値にいくらでもサービス料を上乗せできる。
宴会用のケーキを百個売っても、それは百個分のケーキの料金にしかならないが、会場の飾りつけや料理を出すタイミングなども含めて提示するのであれば、百個分のケーキの代金プラスアルファをぼったくれるのだ。
うまくすれば、大規模な宴会一回につき大金貨で数枚を要求することだってできるだろう。
ディーネはその場で五件の契約を取って、意気揚々と自宅に引き揚げた。
***
「バンケットのサービス、ですか……」
「そうなの!」
さっそくそのアイデアを家令のハリムに話すと、彼は要領を得ない、という顔をした。
「要するに執事業の代理ね。私がクライアントの奥様に、こういうメニューで、室内楽はこれとこれで、出し物として外国の珍しい動物を連れていきます……なんていうプランを提案して、気に入ってもらったら現地で準備をする、という感じよ」
「なるほど。それでしたら、執事にも話を聞いてみましょう」
「いーわね!」
そういえば、この屋敷にも執事がいた。執事というのはラノベでよく見かけるような『お嬢様の専属使用人』ではなく、屋敷の家事一切を切り盛りするディレクターとしての執事だ。
宴会の手配なども執事の仕事である。
クラッセン嬢としての記憶からいうと、この家の執事はすこぶる優秀で、さらに、特筆すべき美点があった。
ハリムはかたわらにあった呼び出し用のベルを鳴らした。
「セバスチャン、参りました。ご用でしょうか、お嬢様」
呼び出された執事・セバスチャンは、銀髪にモノクルをつけた美男子だった。
この家の使用人はなぜか皆美形ぞろいである。公爵夫人であるザビーネの趣味らしい。『美しくなければ価値がない』とは、その美しさだけで二十年以上も社交界の三大淑女とたたえられてきた歴戦のプロフェッショナル・ビューティたるザビーネの談である。
ディーネはぐっと親指を立てた。
「ごうか―――――く!」
サムズアップは前世ならば「いいね!」の意味だが、この国では何の意味ももたない。
意味不明の言動をするディーネを前にしているにも関わらず、セバスチャンはきまじめな無表情を保っている。
真面目で控えめ。寡黙で実直。まさにザ使用人オブ使用人といったこの態度こそがセバスチャンのいいところだった。