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皇女とドレスアップ 2


 皇女のミルザは白い肌に黒い髪の、白雪姫のような美貌の持ち主。おまけに元から知的で端整な顔立ちなので、真っ赤な服を着せることにより気品が増す。服の形状もあって、まるで本物の女帝のように見えた。


「いいんじゃないかしら? そしたら、たぶん、あなたに似合う青色はこれね」


 ディーネは手持ちの衣装の中にちょうどいい色を見つけることができず、とうとう宝石箱を取り出した。


 中でも一等価値の高い大きなサファイヤのネックレスを彼女の首にかけてあげると、まるであつらえたかのように宝石が輝いた。


 赤い豪奢なマントに大きなサファイヤの堂々とした長身女性。


 ――こうしてみるとますます皇妃さまっぽいわね……


 ハリウッドセレブの大物女優を思い出すような出で立ちだ。


「いいわね。それならたぶん、あなたの衣装には金貨より銀貨をつけた方がいいと思うわ。色はサファイヤ・ブルーか、ワインレッドか、さもなければいっそ紫にすべきね。その布のようなターコイズブルーはやめた方がいいと思うわ。それはオリーブ油や小麦のような濃い色の肌に合わせてある色調だから。人にはそれぞれ、調和する色調ってのがあるのよ」


 ミルザはあっけに取られたような顏でずばずば断定するディーネを見ていたが、やがておずおずと言った。


「……本当に? 私に、青や紫が似合うと、あなたはそう思うの?」

「似合うわ。なんなら一着あつらえてさしあげますから、騙されたと思ってお召しになってはいかが?」


 ――そんなこんなでディーネは青いドレスを一着作ってプレゼントした。


 黒い刺繍と銀貨で仕上げた濃い青のドレスは大人っぽい雰囲気で、グラマラスな美女であるミルザにはとてもよく似合った。


 ディーネは黒いレースのヴェールで髪をまとめたミルザを見るなり、ちょっと妬けた。ゴシックの香りただよう髪飾りは、どちらかといえば子どもっぽく見られがちなディーネには決して似合わないものである。


「めちゃくちゃカッコいいじゃない! 何よそれ。うらやましいわ」


 媚びないセクシーさとでも言おうか、谷間を大胆にさらけ出していてもちっともいやらしくない。


 ミルザはちょっと困ったように髪飾りのあたりをつついて、もじもじしている。


「……でも、私が着たかったのは、あなたみたいな、淡い水色とかなんだけど……」

「ああ……そうね」


 ミルザは見た目が気の強そうな妖艶美女なのに、性格に愛嬌があり、無邪気で憎めないかわいらしさがある。きっとそういう感じの外見を持って生まれたらパーフェクトな姫になっていたのだろう。


「仕方がないわ。人は与えられたカードで勝負するしかないってスヌーパピーも言ってたもの」

「スヌーパピーって何?」

「気にしないで。昔そういう犬の絵本が流行ったのよ。私だって皇妃さまやあなたみたいな大人っぽい外見だったらもっと仕事がはかどったわ」


 ミルザは目をぱちくりしている。


「……あなた仕事してるの? なんのお仕事?」

「えぇと……いろいろよ。珍しいものを作って売ったりしているわ。でも、この見た目のせいかしら? しょせんは貴族のお嬢様の戯れ言って態度で全然聞いてもらえないことも多いのよ。どんなに強い言葉を使って脅したりしてもダメね。ヒステリーぐらいに思われちゃう」


 ディーネに皇妃さまのようなオーラや風格が備わっていれば、きっともっと話がスムーズに進んだだろう。しかし、ないものはないのだから仕方がない。


「でも、あなたはかわいいから、それでいいじゃない。結婚相手だってあんなに素敵」

「……それは私の地雷だから、あまり踏み込まないでくださる?」

「じらいって何?」

「うかつに触るとやけどするところよ。ジーク様の婚約者だったせいで私がどんな目に遭ってきたのか……なんて、きっと説明してもお分かりいただけませんことね」


 そう、みんな異口同音に、あなたは幸せ者だ、という。

 ミルザもそう言いたげな目でディーネを軽くにらんでいる。


「……でも、きっと私よりマシよ。私、チェルリク人の男の人よりも背が高いから、嫁の貰い手がないだろうってずっと言われてた」


 女の幸せとは、幸せな結婚をすることに他ならない。

 おそらく『嫁のもらい手がない』が女性に対する最大級の侮辱で、なおかつダイレクトに人生終了のお知らせであるのは、ワルキューレもチェルリクも同じなのだろう。


「ワルキューレなら引く手あまたよ」

「うそ。ハルジアも、金髪の女性じゃないと嫁の貰い手がないって、お母さんが」

「あなたのお母さまって……」


 ずいぶん辛辣なことを言う。

 どうもミルザの容姿をけなしまくっていたように聞こえるのだが、ディーネの考えすぎだろうか。


「お母さんはいつも、あなたはお父様のチェルリク皇帝に似たのよ、可哀想にねって」

「……」


 考えすぎじゃなかったとディーネは戦慄した。


 そういえばと慌ててミルザの母親の情報を思い出す。確かハルジア人の王女で、チェルリク皇帝のハーレムの一員だったはずだ。


 メイシュア教国家の王女が、何十人も妻を囲っている異教徒の皇帝に嫁いだわけなのだから、おそらく自主的に、好き好んでした結婚ではなかっただろう。チェルリク皇帝の人となりは知らないが、ハーレムというだけでも抵抗があったはず。


 好きでもない男との子どもに面影を見出してしまったら、心がすさむこともあるかもしれない。


「……ミルザ様は、お母さまのことをどう思っているの?」

「大好きよ。やさしくてかわいくて、いつも素敵なの」


 ――わあ、無邪気……


 そういえば以前にもチョコレートを母親に送りたいと言われていた。どうやら本当に信頼しているらしい。


 それならば、『あなたのお母さんちょっと病んでると思う』などとストレートに言ってしまってはカドが立つだろう。


「――パーティをしましょう」

「え?」

「ドレスのお披露目パーティをするの。みんなあなたのこと綺麗って言うと思うわ。もしかしたら恋人も見つかるかもね」

「でも、私、そんな……」


 戸惑うミルザをよそに、ディーネは自分の思いつきが気に入った。

 ミルザに他の男をあてがってしまえば、ジークラインの妾の話もなかったことになるし、ミルザ自身も正妻になれて丸く収まるではないか。


「あなたも、誰かの妾より、正妻に収まったほうがよくない?」

「それは困る! 私、どうしても第二夫人にしてもらわないと」

「ジーク様はダメっていつも言ってるでしょ!」


 ディーネが髪の毛を逆立てて叫ぶと、ミルザは無理やりディーネの両手を取って、自分の手で包み込んだ。


「どうして!? 私、なんでもする!」

「絶対お断りよ!」

「そんなこと言わないで! あなた私のこと嫌い!?」

「き、嫌いではないけれどもー! それとこれとは別なんですー!」


 ミルザは泣き落としに入った。ぐぐっとディーネに詰め寄る。大きい胸が当たって、ディーネは逆にイラッとした。


「チェルリクでは正夫人がどんな人かで結婚相手を選べって言われてる! あなたは私にいろんなものをくれたけど、一度も代金を請求しなかった!」

「そ、それはまあ……プレゼントのお金せびるほどうちの家は落ちぶれちゃいないわよ」

「こんなに素敵なドレスだってくれた! 私のこときれいだって励ましてくれたわ! あなたのほうがずっときれいなのに! どうしてそんなにやさしいの?」

「え……と……」


 ミルザはなんだかんだ言っても美女になりかかっている若い娘。

 至近距離で熱心に褒められると、ディーネとしても無碍に扱えないものがあった。


 困惑しているディーネに、ミルザは言い放つ。


「誰のところに嫁ぐのでもいいけど、あなたが正夫人になってほしい! 私、あなたとずっと一緒にいたい!」


 ――な、なんで私が口説かれてるの!?


 これもジークラインの第二夫人に収まるための作戦なのだろうか。



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