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皇女とドレスアップ


 そしてあっという間に季節は過ぎ去り、再び冬が訪れようとしていた。


 ディーネはカフェの経営を見て、パパ公爵が起こした公爵領の経営トラブルを見て、ミルザの相手をして、セバスチャンやハリムやジークラインと遊んでいたら、数か月があっという間に過ぎてしまった。


 わけてもミルザの相手は大変だった。


 お茶会はまだいい。


 なぜか彼女、やけに自由行動を取りたがるのである。


 突然ドラゴンを飛ばしたいから敷地の山を貸せと言ってきたかと思えば、ワルキューレの婦人会でイジメられたのでテーブルマナーを教えろと言ってみたりと、とにかく自由きわまりない。チョコレートが気に入ったからお母さんのところにも送ってほしいと駄々をこね、私もチーズスフレを作ってみたいと言い出し、ヨーグルトはもっといろんな種類がないとテンションが上がらないと食事に注文をつけ、ワルキューレの宮廷服が欲しいと無茶を言う。


 よくよく考えてみれば、ディーネは自分よりも身分が高い女性をほとんど知らない。常に人に気を遣われて生きてきたので、自由奔放に振る舞う相手のお世話をするのは、おそらくこれが初めてのことだった。


 ある日のこと、彼女が何やら聞きなれない刺繍糸を欲しがったので、ディーネはほうぼう探し回ることになった。


「……あなたが言っていた、龍の髭の刺繍糸ってこれ?」


 ワルキューレのあたりに生息しているドラゴンには髭は見当たらないが、どうもチェルリクには小型でたてがみがたくさん生えている竜がいるらしい。


 キラキラと緑がかった玉虫色に光るその糸を見て、彼女は文字通り、ぴょんと飛び跳ねた。


「そう! これなの! すごくたくさんあるのね!」

「どのくらい必要なのか分からなかったから……でもこれ、何に使うの?」


 なにしろ緑がかった玉虫色である。綺麗だし、稀少なものなのは理解するが、使いどころが難しいような気がする。


「竜の髭は落としたら困るものを縫い付けるのに使う。宝石とか金貨とか。絶対切れないから安心よ」

「ああ、なるほど……それで、こっちがあなたの欲しがってたテレーズ妃の記念金貨だけど……」

「わあ、ありがとう!」


 親指の爪ほどの大きさの金貨をパチパチと机に並べて、ミルザは楔形の模様を作った。


「こんな感じでどうかしら? 布はこのどっちかにしようと思ってる」


 どうもミルザは新しい衣装の構想を練っているらしい。金色の刺繍が入った朱色の布と、ターコイズブルーの布と、両方を代わるがわる並べては、うんうん唸っている。


「あなたはどっちがいいと思う?」

「うーん……どっちも似合うと思うわ」


 ディーネが適当に答えると、ミルザは見透かしたように、いきなりディーネの顔を覗き込んだ。


「本当にそう思ってる?」


 責められているのを感じて、ディーネは少し冷や汗をかいた。思わず彼女を見つめ返しながら、誤魔化しの言葉を口にする。


「ええ、まあ……あなた、きれいだから、何着ても似合うと思うわよ」

「きれい? 私が?」


 ミルザくすっと笑った。

 何気ない微笑みのようでありながら、ディーネは瞬間的に違和感を覚えた。


「きれいって、あなたみたいな人よ。きれいな金髪。お母さんとおんなじ」

「そう?」


 金髪はこの国の美人の条件ではあるが、それがチェルリクにも及んでいるとは、ディーネも知らなかった。たいていはその国の典型的な顔立ちや髪の色が美しいとされるものなのに、と前世のことを思い出す。


「お母さんはいつも、私を可哀想だと言ってた。真っ黒な髪なんて可哀想に……って」


 ――ああ……


 ディーネはピンと来た。前世の記憶がうなる。

 これは『呪い』というやつだ。親からの洗脳というものは、何年たっても解消できないものなのである。


「あなたも私のこと可哀想だと思う?」

「いえ、まったく……ていうかあなた全然美人じゃない。うちの皇妃さまだって黒髪だけど、この国一番の美人だって言われてるわ」

「うそ、そうなの?」

「そうよ。こないだ私のお友達も言っていたわ。あなたは皇妃さま似だって」


 だから皇帝の好みだろうという話だったのだが、そこは今関係ないので伏せておく。


 ミルザはちょっと強情に、口をとがらせた。


「でも、私、あなたみたいにきれいな色の服が着られない。お母さんはいつも青や薄いピンクの服を着ていたのに、私は顔色が悪く見えるからって、赤や黄色の服ばかり」

「それは……」


 金髪の娘には青いリボン。黒髪の娘には赤いリボン。

 髪と肌の色によって合う色、合わない色が存在するのは確かだろう。


 ディーネはまじまじとミルザを見てみた。漆黒の髪に、明るい鳶色の瞳。肌は抜けるように白く、まるで白雪姫のよう。


 ――この子、ブルーベースってやつなんじゃないの?


 前世の記憶によると、人間の肌の色は何種類かに分けられるらしい。中でも色素が少なく、血管の色が透けて見え、頬がりんごのように赤く見える人のことはブルーベースと呼ばれていた。日本人のように黄味がかった肌の色はイエローベースと呼ばれ、服も黄色味を帯びたものが似合うと言われていた。


 ディーネは改めて彼女が持ってきた布を見た。

 朱色――黄味がかった赤。ターコイズブルー――黄味がかった青。


「……青やピンクの服もあなたに似合うと思うわよ。たぶん、その手に持ってる布よりは」


 ミルザは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。

 長年の思い込みを否定されて、どう反応していいのか分からなかったのだろう。


「でも、お母さんは黒髪にはこれが似合うって……」

「うーん……そうねえ……悪くはないのだけれど」


 ディーネは立ち上がって、衣裳部屋に足を向けた。

 実物を見てもらった方が早いと考えたのだ。


「ちょっとついてきて」


 ワードローブを開けて、ミルザを招き入れる。保管されている衣服の数々に彼女は歓声を上げた。

 サイズが合わないのは分かり切っているので、ひとまず衣装を引っ張り出し、肩のあたりに当てる。

 選んだのは今流行りの薄紫の服だった。


「……見比べてみてほしいのだけど、その布よりこっちの方が顔色がよく見えると思わない?」


 鏡の中のミルザに向かって話しかけると、彼女は同じように鏡越しにディーネを見た。


「そうかしら? ぼんやりしているような……」

「うーん……そうね。私とあなたの肌の色も少し違うんだと思うわ。でも、チェルリク人に合わせた伝統色よりはこっちの方がいくらか肌になじむ気がしない?」

「どうかしら……」


 戸惑っているミルザに業を煮やして、ディーネは手持ちの衣装を片っ端から胸元に当ててみた。


「……ちょっとぼんやりしてるわね。もう少しはっきりした色のほうがいいかしら? これもいまいち……」


 とっかえひっかえ布を変えているうちに、漆黒の喪服に行き当たった。


「……あら? これ、あなたにぴったりね。すごくかっこいいわ」


 黒い髪と白い肌のハイ・コントラストにうまく調和し、まるで本場のゴシックといった趣だ。


「……たぶん、濁ったような色よりは、はっきりしたのがいいんだと思うの。ビビッドな深紅とか、似合うって言われたことない?」


 ディーネがためしに式典で使う深紅のマントを引っ張り出して着せると、驚いたことに、とてもよく似合った。

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