悪役令嬢のティーパーティー(下)
ジークラインは皇帝に手紙を献上した。
ディーネが書いたもので、中にはチェルリクの内情が書き連ねられている。
黙読を好まない皇帝が、小さく声に出して読んでいるのを、ジークラインは真横でじっと聞いていた。
”――チェルリクの首都・ユルドスは内海のほとりが定位置の、巨大な城郭都市である。砂漠がちなチェルリク大平原において、とくに緑が濃いオアシス地であるためか、昔からユルドスを巡ってたくさんの民族が争ってきた。その覇権を握る人物がすべてのチェルリク民族を統べる大皇帝だという認識が浸透している。現在の大皇帝は数年前の内紛で実権を握った人物で、チェルリクはこうした政権転覆が日常的に起こる。皇族チェルリク人は昔から支配者の位置づけで、強大な軍事力を有し、周辺の都市系チェルリク人たちから税を受け取る一方で、魔物から民草を守るなど、共生関係を築いてきた。現在、チェルリク国内で魔物狩りを生業とするのはこの皇族チェルリク人たちだけで、被支配者層のチェルリク人たちは必ずしも戦闘能力を有しているわけではない。それぞれ経済活動や、農業をするチェルリク人たちも存在する。また、羊や馬だけを飼って暮らす純粋な遊牧活動に明け暮れる人種なども多数存在し、騎馬兵としての能力も侮れないが、こちらは――”
手紙の途中で、皇帝はひどくうんざりしたうめき声をあげた。
「うげえええ、長い。わしこんなに読み切れないわ。もしかして公姫、頭いい?」
「頭がいい……かどうかは不明ですが、昔から長い手紙を書く娘ではありました」
息子のジークラインがかしこまって答えると、彼はもう一度眺め、それから嫌そうに遠ざけた。
「わし文字って苦手なんだよねえ……ちょっと要約してくれる?」
手渡された紙には、ディーネがミルザから聞きだした情報がぎっしりと書き連ねてあった。
茶会が終わった後、彼女が自主的に要点をまとめて書き送ってきたのである。
ジークラインもその場で話を聞いていたので目を通す必要はなかったのだが、話をするよりは、この手紙を渡した方が早いと判断して持ってきた。
小さくはない用紙に十枚に渡って書き込まれているチェルリクの国家概要をざっと眺めて、ジークラインは口を開いた。
「チェルリクの民は総竜騎手……とまことしやかにうわさされておりましたが、どうやら実態は違うようです。支配者層のチェルリク民の一族が存在し、彼らが強大な軍事力と政治の中枢を担っていますが、大多数のチェルリク民は戦闘力を持たない農民や商人です。非竜騎手のみで構成される、純粋な遊牧民族もそれなりに存在しますが、そちらの騎兵も戦力として数えるのなら、もう少し戦える人間が増える、ということでした」
「解説ありがとう。お前さんら、何か知らんけど、子どもの頃からやけに頭いいよね。わしたまに嫌になるわ。ついていけんよ、まったく」
皇帝は吐き気を催したような動作をしているが、実は彼こそが一代で領土を倍の大きさに拡張した大帝国の租の再来であり、稀代の策謀家である。何をもって頭がいいとしているのか、ジークラインにはよく分からなかった。
「先日ご提案しました敵本拠地の焼き討ちですが、陛下のご指摘通り、非戦闘民の住居を焼けば、強い反発は免れないようです。しかし、皇族チェルリク人たちが本拠地にいるときを狙って正々堂々叩けば、聖地効果もあり、大多数の非戦闘民が支配者層の入れ替わりを受け入れるだろう、とのことでした。ただし、その場合、皇族チェルリク人は女子どももすべて戦闘訓練を受けており、騎竜をひとり一匹ずつ所持しているため、奇襲や焼き討ちをしかけてもすぐに対策を打たれてしまい、泥沼の乱戦にもつれ込む可能性が高いとの見解も添えてありました」
皇帝は長考のときのくせで、しきりと額を撫でている。
「……私も部下の騎士を何人か潜り込ませておりますが、彼女の報告を裏付けるような情報が少しずつ入ってきております」
最後の一言で、皇帝はちらりとジークラインを見た。
「……つまり、下手な諜報員より仕事したわけだ、公姫は。お茶会しろって言ったのはわしだけど、この短期間でよくもまあ……本当に何者なの? この子」
皇帝は手紙を乱雑にめくり、最後のページにつづられている私的な恋心の吐露を見つけ出した。『早く結婚したいから、引き続きいろんなことを聞きだしてみる』といったようなことが、浮かれた筆致で書かれている。
「……私情で暴走するタイプ。恋心で暴走するとここまでやる、ってことか。なるほどね……お前さんにべた惚れしているうちは、味方と考えてもいいってことなのかな」
ジークラインは意外に思った。皇帝の生意気な女嫌いは承知していたので、きっと公姫のことも評価しないだろうと思っていたが、今回の手紙はそれを覆すほどの好印象だったらしい。
「欠点は多いですが、決して悪くはない娘だと思います」
「そなたが手綱を握る限りは、な。手放すには少々惜しい娘だ。お前さん、うまくやってくれよ」
「は……」
ジークラインには是非もない。
彼女が認められて、わがごとのように嬉しいと感じる自分がいた。
皇帝は苦手とする手紙をイヤイヤながらといった手つきでもう一度取り上げ、またブツブツと音読しはじめた。
ジークラインが横でじっとその様子を見ていると、彼は嫌そうに顔をあげた。
「……まだなんか用? 今日はもういいよ」
「いえ、手紙を、お返しいただきたく」
「え? でもこれ、わしにくれたんじゃなかったの?」
「最後の私信は、陛下にとっても不要であるかと」
「ああ……」
皇帝から最後の一枚を返してもらい、ジークラインはようやく席を立つことにした。
「……本当に好きなのね」
「恥ずかしながら」
しれっと答えると、皇帝は苦笑して、手振りでしっしっとジークラインを追い払った。
「あ、そう。勝手にやっててちょうだい」




