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悪役令嬢のティーパーティー(上)


 ディーネは自宅の庭でピクニックを開いていた。

 自宅といえども、後ろの方には軽く迷うくらいの森が広がっている。そこにパラソルを立て、少女好みのかわいいテーブルに手づくりのお菓子などを並べた。


 招待客はミルザ。チェルリク皇女の留学生である。


 ミルザは貴重な敵国の内情を知る人物。うまく話を引き出すのが今日の使命だった。


「……先日のパーティでは失礼いたしました。わたくし、反省いたしましたの。気を取り直して、仲良くしてくださる?」


 ディーネが丁寧にお願いをすると、ミルザはちょっと上目遣いにジークラインを見た。


「……第二夫人?」


 ジークラインは聞いていないふりをしてティーカップに描かれた蔓草模様を眺めている。


 そう、実はジークラインも同席しているのだが、ディーネが嫉妬するのを見越してか、ずっと会話を避けている。非常に静かなため、いるのかいないのか分からないほどである。


 代わりにディーネが声を張り上げた。


「ジーク様に何かしたらその場で串刺しにしてやりますからね」

「三か月に一回くらいでいいんだけどな」

「三万年に一回だってお断りよ」

「ケチ!」

「あなたねえ……」


 子どものような悪口を言い返しそうになったが、ディーネはぐっとこらえた。

 これも仕事。彼女から引き出す情報が多ければ多いほど結婚が早まるのである。ここは我慢しなければならない。


 チェルリクがどんな国なのか、どういう人が住んでいるのか、知っている人は少ない。

 彼らは文字情報に記録する文化を最近まで持たず、国家の中枢が常に移動を繰り返しているため、部外者には実態がよく分からないのだ。首都はあるものの、立ち入りを許される外国人は少ない。交易は常に辺縁の属国を通して行われている。


 ――まずは首都、よね。


 ジークラインが知りたがっていたのは首都の重要度だ。どうすれば最短で遠くに追い払えるのだろうか。


 うまく聞きだすために、ディーネは何日も考え抜いた。


「ジーク様をわたくしから奪い取りたいなら、力づくで来る覚悟をしてくださいましね。帝国最強とうたわれたバームベルクの軍がお相手いたしますわ」

「え……」


 一夫多妻制のチェルリクに暮らすミルザには、たかが第二夫人ごときで戦争沙汰になる意味も理由も理解できないだろう。


 それを見越して、ディーネは解説する。


「わたくしたちは側室を持ちませんの。わたくしとジーク様の婚約も、のちのち後継者争いや財産争いに発展しないように、釣り合いのとれた身分、資産、バックグラウンドなどを勘案した上で決まったことなのですわ。バームベルクは帝国でもずば抜けて大きな公爵領くにですから、邪魔をなさりたいのなら、一国を相手にケンカを売るつもりでいらしてね」


 これぞ必殺、実家自慢。

 ディーネの一番大きな武器である。悲しいことに、事業がそこそこ成功した今となっても、強いのは親の力なのだった。


「うちは守りも万全なんですのよ。先日ドラゴンに襲撃された際にも、死者など出ずに済みましたの。ドラゴンが、五匹も、いたのですけれどね?」


 実家自慢による牽制――

 と見せかけて、これはミルザから話を聞きだすための呼び水である。


 相手に話をさせたいのなら、まずは自分から。

 特に内容が抽象的でぼんやりしたものであるのなら、先に大まかなモデルを提示したほうがやりやすい。『そこは同じ』、『そこは違う』と、比較させるだけでもかなり輪郭が見えてくる。


「まあ……それはすごい。竜が五匹いたら、大けがじゃ済みませんね」


 これがディーネを気にしてのお世辞なのか、それとも本心なのかは、これから積み重ねる小さな質問で見えてくるだろう。


「そうでしょう? きっとあなたがたの竜騎手が攻めてきてもびくともしませんわ! どの程度の竜を飼っていらっしゃるのかは知りませんけど、うちには百もの騎竜がいるんですのよ。そちらの首都なんてすぐに焼け野原にしてさしあげますわ!」


 かくして大金持ちのお嬢様によるご実家自慢とマウントトークは開始されたのだった。


 ミルザはわざとらしい自慢がちょっと神経にさわったのか、対抗するようにぼそりと言った。


「でもうち、皇族はみんな竜騎手ね。たぶん、千人はいるよ」

「な……なんですと?」


 ディーネは演技でなく、素で驚いてしまった。

 皇族が千人いるというだけでも驚きだが、全員が騎手というのも尋常ではない。


 ドラゴンは飼うのにコストがかかる。飼料代が途方もない上に、赤ん坊のころからつきっきりで世話をして、数年目にようやく人を乗せて飛べるようになる。世話に失敗すると騎竜としては使えない。適当に敵の領地に放してくるぐらいしか使い道がなくなってしまう。


「うちのユルダはお母さんがそんなにドラゴン好きじゃないから、私と兄さまたちのドラゴンしかいないけど、ユルドスはもっとすごい」

「失礼、ユルダって?」

「ええと……おうち? 街? で意味あってる? あなたのユルダは石でできてる」


 ミルザが不安げにディーネの屋敷を指さしたので、ディーネは大きくうなずいた。


「じゃあ、ユルドスは?」

「皇帝のおうちね。移動するほうじゃなくて、置いてあるやつ」

「移動するほう……?」

「チェルリクのおうちは布と木でできているから、移動するんですよ。あちこち移動して、ユルダを組み立てる。皇帝のユルダも移動することあるけど、冬ごもり用に大きな建物が建っているところがあって、それがユルドス。『大きなユルダ』だから、ユル・ドス。ワルキューレの帝都アディールに似てる」


 ――本格的に文化が違う……


 これは難航しそうだと、ディーネはちょっと覚悟を決めた。

 ここでくじけている場合ではない。


 これを乗り越えれば、結婚式である。


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