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作戦を練る


 ワルキューレ皇帝は人払いが済んだ私室で、テーブルに向かっていた。

 息子の話を聞き終えてひと言、「全然ダメだね」とつぶやく。


 チェルリク侵攻の基本計画について、ジークラインに説明させた感想である。


「正面からぶつかるのは得策でない、ってのはわしも同意よ。でもね、資源地の焼き討ちだけでは決め手に欠ける。あそこ、もともと資源少ないでしょ? 農地を焼いてもそれほど痛手にはならないと思うけどねえ」


 農業には向かぬ地だからこそ、民は家畜を連れて大移動する生活を選んだ。彼らが得意とする魔物狩りもその延長だ。


「首都はチェルリクの中でも緑豊かな地に築かれています。昔からそこを巡って争いがあり、遊牧民にとっては聖地にも等しい場所であるとか。火にかければ、聖地としての権威も失墜するはず。貴重な食料源ですから、失えば必ずや壊滅的な打撃になるでしょう」

「そうかねえ? 聖地を焼かれて逆に怒り狂ったりしない? 誇りを傷つけられた民ってのは何をするか分からんからねえ。シンボルに手を出すのはちょっと怖いね。ミルザちゃんは何て言ってるの?」


 唐突に、先ごろから宮廷で預かっているチェルリクの姫の名前を出されて、ジークラインは面食らった。


「彼女の意見は聞いておりませんが……」

「それじゃ話にならないね。何のためにあの子を置いてると思ってるの?」

「は……しかし」

「民族感情ってのは現地の人間に聞いてみなきゃ何も分からんもんよ。バームベルクの公姫も連れて、お茶会でもすることだね」


 ジークラインはけんもほろろに追い払われることになった。


***


「……お茶会……ですの?」


 ディーネは困惑しきりだった。

 ジークラインが言うことには、現在戦争の計画を練っているところだが、チェルリクの情報が不足している。ミルザにも質問がしたいので、お茶会を開いてほしい――とのことだった。


 それだけなら問題はない。お茶会であればディーネもそれなりに経験がある。無難に務める自信もあった。


「それより、まだ妾の話は断っていない……って、どういうことですの?」


 話が違うではないかとディーネは言いたかった。妾の話は断ったとジークラインが豪語していたのはつい先日だ。

 ジークラインもそう言われることは予想していたらしく、「まあ、聞け」と言う。


「正式に断って国に返す前に、内情を引き出しておきたいってのがオヤジの意向でな」

「そう……皇帝陛下が」


 いくらジークラインでも、皇帝の命令とあらば従わざるを得ないだろう。


 ――やっぱり前のときと話が全然違うじゃないの。


 つい、冷めた目で見てしまう。


「初めに注意しておくが、今回はオヤジの意向に口を挟むなよ。お前、前んときも戦争反対っつってメチャクチャにしただろ?」

「それはもちろん心得ておりますけれど……」

「けども何もねえよ。万が一を見越してお前には作戦の詳細までは説明しないが、とりあえず現段階ではチェルリクの大皇帝の居住地を落とすことになっている」


 ディーネは目を丸くした。


「まあ……取られた土地の奪還とうかがっておりましたけれど、ずいぶん事情が変わったんですのね」


 チェルリクの大皇帝がどこに住んでいるのか、ディーネは正確に知らない。ただぼんやりと、割合ワルキューレの近くに居を構えていることだけ、伝え聞いたことがあるのみだ。


「……あの、差し出がましいようでしたら申し訳ありません。でも、チェルリクって、無理して落とすほど資源の豊かな土地というわけでもなかったように思うのですけれど……」


 この世界では起伏がない地形にほとんど戦略的価値はない。魔法石が生じるのはたいてい山脈だからだ。しかも雪や砂、乾燥がすごいとくれば、無機物にまとわりつくわずかな魔力を糧にする魔物がわんさか湧いてくる。

 土地に魔物がわきやすいことから、チェルリクの民はみな大なり小なり軍事訓練を受けている。戦争をして簡単に勝てる相手ではない。


 うまみが少なく兵が精強。そんな土地を攻略する皇帝の意図とは何だろうと、ディーネは純粋に疑問だった。


「……痩せた土地に、強い兵。皇帝陛下はいったい何の用がおありなんですの?」

「どこと戦争するかを考えるのは親父の仕事だ。お前は考えなくていい。これはお前への差別で言ってるんじゃないぞ。俺も、親父の意向には逆らわない。この意味が分かるな?」

「……承知いたしました」


 何度も念押しをされてもまだ質問を重ねるほど、ディーネもチェルリクに興味があるわけではない。ここは黙っているのが得策かと考え直していると、ジークラインは「だが」と断りを入れた。


「お前の疑問ももっともだ。俺なりの解釈では、たぶん、邪魔なんだろう」

「邪魔……」

「やつらがもっとも得意とするのは侵略だ。ワルキューレの辺境がやつらに蚕食されるようになって久しい。襲い来るやつらの根城を遠くに追いやるか、あるいは別大陸に追い出すのが目的なんだろう」


 ――大変そう……

 もとより戦争に興味のないディーネには、なかなか想像がつかない。


「俺が知りたいのは、やつらの軍の規模、基本戦術、皇族の勢力図、それから大皇帝の居住地の地形や住民のことってところだな」


 なるほどとディーネは思った。同じメイシュア教国家であれば内情は似たようなものだろうと想像がつくが、相手はまったくの異教国家。


「……つまり、何にも分かっておりませんのね?」

「そういうことになるな」


 これは道のりが遠そうだとディーネは思った。


「俺が正面から乗り込んでさっさとつぶしてもいいんだが、皇帝の首だけ取ればいいってもんでもないからな。もしもそうした場合、やつらがどういう行動に出るのかすら予測がつかない」


 ちなみにワルキューレの皇帝の首が取られた場合、おそらくはジークラインがそのまま即位して、卑怯千万な騙し打ちを食わせたやつに報復を呼びかけるだろう。それは相手が臣下の貴族であろうが、あるいは異教国家であろうが変わらない。


 ひるがえってチェルリクがどう出るのかについては、ディーネも寡聞にして知らなかった。次の皇帝がどうやって選出されるのかすらも分からない。


「皇女にはひとまず、『直接首都を火にかけたらどうなるのか』から聞いてみたいところではあるな」

「そ……そんなこと質問して大丈夫なんですの? 警戒されて、密告が行くかも……」

「だから、お前の協力がいるんだよ」


 無害なお茶会に偽装して、相手にそうと悟らせずに情報を抜き取り、提供する。


 ――まるでスパイね。


 どうしたものかと考えていると、ジークラインがこれまでとは打って変わって陽気な声を出した。


「それよりも喜べ。首都の陥落が成ったら結婚式だ」


 意外すぎて、ディーネはとっさに反応できなかった。


 結婚式。


「オヤジが、チェルリクを落としたら許可すると言った。一度した約束はいくらオヤジでも違えない。だから、さっさと首都を燃やそうかと思ったんだが……うまく行きゃ一週間ぐらいで片づくだろ?」


 一週間で片づけて結婚式。


「直接首を狙ってもいいってんならもっと手早く片づける。三日以内には終わる」


 三日以内には終わって結婚式。


 ディーネの準備は何もできていない。ウェディングドレスはおろか、式の招待客のリストアップすらまだだ。


「お……お待ちくださいまし。変なことをしてチェルリクの皆さんを怒らせてしまっては、かえって面倒が増えるかもしれませんわ」

「オヤジも同じことを言っていた」


 ディーネは意外に思った。ジークラインは単騎で何でもできるチートキャラだが、いきなり敵将の首を取ってくるような馬鹿な真似はしない。それだけでは相手の国を陥落させたことにはならないことぐらい、戦争にうといディーネにも分かる。


「いや、俺も分かってはいるんだがな。燃やせば仕舞いだろう、なんてのはさすがに気が早かった」

「焦ってらしたんですのね……?」

「お前が喜ぶだろうと思ったんだよ」

「それはもちろん、うれしいですけれど……」


 もしかしてジークラインもだいぶ舞い上がっているのだろうかとディーネは思った。


「カナミアのことを覚えているか? 陥落させればしばらく身辺が騒がしくなるだろう」


 一年ほど前、カナミア王国を併合したとき、しばらく刺客が皇宮の周囲をうろついていて、ディーネたちも何度か命を狙われた。


「できるだけ俺の手元から離したくない。慣れない異国で苦労させるだろうが、俺と一緒に来てくれるか?」


 結婚式後の生活を思い浮かべて、ディーネにはようやく少しだけ実感がわいた。


「もちろんですわ!」


 満面の笑みで答えたら、ジークラインも目じりを下げて笑ってくれた。こういう何気ない表情に愛情を感じるのは、きっとディーネの勘違いなどではないのだろう。


「そういうことでしたら、わたくしもはりきってご協力いたします!」


 スパイの真似事が自分に務まるのかどうかは不明だが、やれるだけやってみようとディーネは思った。







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