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聖女祭の夜(9/13)


 ミルザは異教の騎竜民族国家からやってきたわけなのだから、宮廷の常識やマナーが分からないのは理解できるとしても、少し宴の席を気まずい空気にしたくらいで『殺される』と考えるのは異様だ。

 ミルザの国の宮廷にはそういう掟でもあるのだろうかと、ディーネは大雑把に見当をつける。


「あなたのところのカザーンってそんなにしょっちゅう処刑してるの?」

「逆らったらその場で斬られるわ」

「それはそれは……」


 そういえば地球でも、東洋の皇帝は処刑が多かったなと、転生令嬢のディーネは思い出した。


 ハラキリの日本はもちろんのこと、同じキリスト教国家であっても、西欧より東欧のビザンツの方が刑罰は重かった。大まかに言って、一夫多妻制を取っている国は継承権争いが激化する傾向にあり、それに伴う謀略、謀反、処罰なども、より過激で残忍であることが多い。ビザンツ帝国は皇妃となる女性の身分を問わずに選んでいたこともあり、そのために野心の強い皇后が陰で実権を得ようと暗躍することも多かったようだ。息子の目をくり抜いて失脚させ、自身が女帝として即位した女性もいたらしい。日本の武士がやけにハラキリをしたがるのは、天皇家や西洋のような血統信仰に縁がない実力社会だからという見方もできる。


「大丈夫よ。うちの皇帝はカザーンとは違うわ。少なくとも貴族のことはそう簡単に殺したりしない」


 帝国の貴族というものは皇帝に絶対服従しているわけではない。ここら辺、少しでも何かあればすぐに将軍から『お取り潰し』にされていた日本の大名たちとは事情がまったく違う。江戸時代の幕府は非常に強い権限を持っていたが、ワルキューレ皇帝には、土着の歴史ある豪族たちから難癖つけて土地を取り上げるほどの力はない。


 付け加えると、メイシュア教は『許すこと』を第一の信条にしており、相手の罪に恩赦を与えることはたいへんにいいことなのだと思われている。小娘が宮廷で粗相をしたくらいで死罪やそれに準じる罰などを加えたりしたら、皇帝のほうが非難を浴びるだろう。しかも今回は婚約者であるディーネの身上をないがしろにしていたわけなので、非は皇帝のほうにもある。


 とはいえ、ディーネのやったことが非常識であることに変わりはない。

 宮廷への永久出入り禁止ぐらいは覚悟したほうがいいかもしれない。


「あなたは殺されないってこと?」

「そうよ。うちのお父様は甘いから、鞭打ちもしないと思うわ。全然平気よ」


 ディーネが言うなり、彼女はぱあっと顔を輝かせた。


「じゃあ、あなた、彼のこと譲ってくれる?」

「ええっ!? ゆ、譲りませんー!」


 思わず力強く宣言すると、ミルザは泣き落としでもするかのように悲痛な声を出した。


「私、殿下と結婚できずに帰ったりしたら、きっと殺されちゃうわ。どうしても妃にしてもらわないといけないの。第二でも第三でもいいわ、御手当てをくれだなんて図々しいことも言わない。働けっていうのならそうする。あなたの使用人になってあげてもいいのよ」

「ダッ、ダメ、絶対ダメですからー! ジーク様のことは諦めて!」


 大声を出すディーネに、ミルザはとりすがった。ガクガクディーネの体をゆさぶって訴える。


「どうしてよ!? 彼すごく素敵じゃない! 私とっても彼のこと気に入った! 一人占めだなんて強欲だわ! ちょっとでいいから! 三か月に一回くらい貸してくれたらいいのよ!?」

「微妙にありそうな数字出すのやめてくださる!?」


 想像なんてしたくもないのに、下僕としてこき使われる妾の彼女がときおりジークラインに切なげな視線を送るところまで目に浮かんでしまい、ディーネは胃が痛くなってきた。彼女の恋路を邪魔するディーネは意地悪な正妻以外の何物でもない。


「だから私は、皇太子妃なんてやめてやろうと思ったのに……!」


 事態は何一つよくなっていないではないか。


 ジークラインだって、こないだは婚約指輪までくれたくせに、ちょっと父親に何か命令されただけで言いなりになってしまうのだ。あれには本当にガッカリした。


「やめるの!? じゃあ私に譲」

「譲らない!! 譲らないですー!!」

「でも、やめるんでしょ!?」

「やめるけど! それとこれとは話が別なんですー!」


 言ってることがめちゃくちゃになってきた。

 なおも支離滅裂な言い合いをしているうちに、廊下の向こうからジークラインが早足ぎみにやってきた。


 ようやくのお迎えだとディーネは思った。昔からディーネが癇癪を起こしてどこかに行くと追いかけてきてくれるので、きっと今回も来てくれるだろうとは思っていた。


「ディーネ。いつまでやってるんだ」


 ジークラインに来てもらえてうれしい気持ちになったが、呆れたような言い方が気に障ったので、あえてつーんと顔をそむけてやった。


「あら。新しい妾にデレデレしてらした方が一体何の御用なのかしら?」

「馬鹿言え。俺が女なんかにうつつを抜かすかよ」

「ずいぶん楽しそうに踊ってらしたようですけれど?」

「嫉妬で目が曇ったか? 見えないものを見ようとするな」


 ジークラインはいかにも困った女に手を焼かされているという仕草で、手を出した。


「ほら。戻るぞ。親父もみんな待ってる」

「いや。わたくしこのまま実家に帰らせていただきます」

「迎えに行く。同じことだ。手をかけさせるな」

「まあ、手をかけさせるな!? 手をかけさせるな、ですって!?」


 瞬間的にカッとなったディーネは踵を返した。本当に帰ってやるつもりだった。


「ご自分がまいた種の回収にも手をかけたくないなんてたいへん結構ですこと! 皇帝陛下とそちらのミルザ様と、皆さまでいつまでも仲良くおやりになったらよろしいのですわ!」

「待て、ディーネ」


 腕を引かれて、強制的に彼の方を向かされる。

 目の奥を覗き込むように、まっすぐ見つめられたら、もう動けなかった。


「俺にはお前だけだ」


 ――うっ……うう~~~~!!


 ディーネはなんだか悔しくなった。どうしてこの男はこんなにも恵まれた外見を持ち、深い響きの声をしているのだろう? どうあっても言い合いでは勝てそうにない。だってこんなことですぐに誤魔化されてしまいそうになるのだから。


 ディーネが大人しくなったのを見計らい、ジークラインがミルザに視線をやった。


「悪いが、姫にも今一度ご足労いただきたい」

「ええ……」


 ディーネの腕を取ってさっさと歩きだしたジークラインのあとを、ミルザもついていく。

 並んで歩きながら、ディーネはまた不満がぶり返すのを感じた。


「……姫、ですって」

「あ?」

「あの子のこと、姫ってお呼びになるのですわね。わたくしだって姫なんて呼んでいただいたことはないのに」

「そりゃお前が皇女じゃないからだろ……」


 ごく当然のように返したジークラインが、ディーネの顔色を見て、途中で口調を変える。


「分かった、あとで好きなだけ呼んでやるから、そう怒るな」


 それはなんだか嬉しいような気もしたが、ディーネにはまだ不満がたくさん残っていた。


「……ジーク様、あの子と踊ってらしたわ。わたくしだって、あ、あんな踊りはしていただいたことがないのに」

「あとでいくらでも相手してやるよ」

「そ、それにそれに、あの子の脚だってうれしそうに見てらしたわ!」

「ばっ……見てねえよ」


 返答にわずかな動揺が見られたのが、ディーネをさらに煽り立てた。


「み、見てらしたもの! わたくし見たんですもの!!」

ビザンツ帝国の政治的な身体刑


ビザンツ帝国では皇帝となる人物が五体満足でないとならないという取り決めがあったため、政敵の目をくり抜く刑罰などが頻繁に行われていたようで、以下にビザンツ特有の文化として取り上げられています。

参考:Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Political_mutilation_in_Byzantine_culture


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