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聖女祭の夜(1/13)

 今日はワルキューレの祝日。夏のお祭りがある日だ。

 朝から帝都中が大騒ぎしていたが、正午の鐘が鳴るころ、聖人に扮した女性が広場に登場すると、周囲の興奮も最高潮となった。

 街並みの至るところに聖女を現すシンボルカラーの青い布が垂らされ、町全体が青一色に染まっていた。青い布には聖女の刺繍が色とりどりの糸で描かれている。道端には花籠からいい匂いのする花をさかんに振りまいている女の子たちがたくさんいて、それぞれ正装をしていた。

 無数の羊たちが今日だけ放し飼いにされて、フラワーガールの振りまく牧草にたかっているが、羊もまた花冠で飾られ、毛を思い思いの色で染められており、カラフルなことこの上ない。


 ディーネはジークラインのお供で聖女のパレードを見物している。

 ディーネのみならず、貴族たちが一斉に広場に集まっており、ディーネたちの横には皇帝夫妻の姿もあった。


 花をまく少女ふたりを先頭に、聖女扮する女性が御神輿に乗せられて大聖堂に向かっていく。


 そこまではいい。

 例年通りのスケジュールだ。

 ディーネはカフェの経営やら何やらで正直参加どころではなかったのだが、それはあくまで副業。皇太子のお供として年中行事に付き合うのが本業なのだ。お祭りに参加してください、と、直々に指名されてしまったら断れるわけもない。


 ディーネは御神輿に乗った女性をちらりと見た。

 ばっちりと目があってしまい、気まずくなって目を逸らす。


 御神輿に乗っているのは女性だ。聖女のシンボルである香油の壺を持ち、綺麗に着飾っているが、外国人なのだろうか、ドレスの様式が微妙にワルキューレの流行とは違うような気がする。

 しかし服に施された刺繍は細やかで美しく、とてもお金がかかっていそうだ。御神輿に使われているドラゴンの着飾りようも見事で、鞍や鼻当てに緻密な刺繍がびっしりと施してあった。


 ドラゴンに乗った奇妙な女が、上からジークラインに熱い視線を送っている。

 そう、さっきからやたらとディーネとも視線が合うのは、彼女がじっと隣のジークラインを見つめているからなのだった。


「あの、ジーク様……あちらの方はいったい……?」

「いや……俺も知らねえよ」


 聖女役は帝都の住民から選ばれることが多い。たいていは街の名士の娘さんだったりするのだが、ディーネの記憶に彼女のような美人はいなかった。


 ただの美人なら気にも留めないが、ジークラインにちょっかいをかける美人となると話は変わってくる。なんとなく直感でそういうのは分かるのだ。だから一度見れば忘れることはない。


 ここまででもかなり変な女だとディーネは警戒していたが、さらにはこの聖女、勝手にリズムを取って踊っているのであった。パレードのときには好きなように観客にアピールするのが通例だが、踊る聖女というのは珍しい。


 腰に重点を置いた動きで左右に小さく体を揺らしているが、これもワルキューレ様式ではない気がする。妖艶に身体をくねらせている美人がじっとこちらに視線を送ってきているので、ディーネは面白くなかった。


「あの、いくらなんでも危ないことですし、踊りをやめていただくわけにはまいりませんの? それにちょっと、不謹慎な気もいたしますし……」


 帝都の警備担当と言えばジークラインである。

 思わずそう進言すると、彼は困ったような顔をした。


「いや……なんとなく、嫌な予感がするんだよな。関わり合いになりたくないっつうか……」


 ジークラインが弱気だ。

 あのジークラインが。

 何があっても『俺様最高』にして『俺が法だ』を地で行くあのジークラインが。

『俺に見抜けない敵の策略はない』が口癖で、どんな戦も百戦百勝、負け知らずの名采配ぶりから軍神の通り名が定着しているあのジークラインが。

 初見で魔術師でもなんでもない人間の微細な魔力のさざなみを読むなどという離れ業をやってのけ、下手な占い師よりピタリと性格を当ててくるあのジークラインが弱気になるなんて。


 ――この女、いったい何者なの……?


「ジーク様がそうおっしゃるのは、魔術的な直感も含めてってことですわよね?」

「……ああ」


 ということはつまり、ほとんど確実に当たるぐらいの精度で嫌な予感がすると言っていることになる。

 このジークラインをしてここまで警戒させるとは、この女は只者ではない。ますます何者なのかが分からなくなってきた。


「わ……わたくしは、どうすればいいんですの? 困ったことになる前に、わたくしも協力いたしますけれど……」

「ディーネ」


 ふいに胴体へと手を回されて、ディーネはドキリとした。

 真剣な表情でジークラインがこちらを見ている。


「この先何があろうとも、俺が愛しているのはお前だけだ」

「えっ……あ、はい……あの、わたくしもお慕いしております……」

「俺を信じてくれるよな?」

「もちろん……」


 照れながら言いかけて、ディーネはハッとした。


 嫌な予感がすると言った直後の念押しだ。何か意味があると思ったほうがいい。

 彼は単純な武力行使などには強いので、女性の襲撃を怖がるとは思えない。

 ありうるとすれば女性特有のトラブルだろう。


 そこに来て歯切れの悪いジークラインである。

 彼は都合の悪いことを隠すときにはよくこうなる。なまじ何でも分かりすぎてしまうので、はっきり確定するまでは余計なことを口にして災いを呼ばないようにしているらしいが、この感じは何か知っていて隠しているときのリアクションだと、長い付き合いのディーネは直感した。


「……ジーク様、また何か隠し事なさってます?」


 彼は真剣な表情でディーネを数秒見つめていたが、何を思ったのか、いきなりキスをしてきた。

 こちらの天幕を覗き見していた物見高い群衆からキャーッと悲鳴があがり、「熱いねえー!」と野次が飛んだ。


「な、な、な……!」


 瞬時にカーッと顔が熱くなる。いきなりこういうことをするのはやめてほしい。ディーネにも心の準備というものがある。


 しかしジークラインはむしろ混乱させるのが狙いだったのか、したり顔でこう言った。


「俺を信じろ。お前にとって最高の道は、お前の最良の教師であるこの俺を信じて自分を強く持つことだ。分かるよな?」

「な、な、何をおっしゃってるんですの!? 抽象的すぎてよく分かりませんわ!」


 ジークラインはわずかに悩むようなそぶりを見せたが、口を開いたときにはやっぱりドヤ顔をしていた。


「俺はお前以外は嫁にしない。何があってもだ」

「はっ…………はい………………」


 真剣さに当てられてしまい、ディーネはそれっきり黙った。


 が、のちのち『もっと追及しておくべきだった』と後悔したのは皇宮に着いてからである。


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