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チェルリクからの勅使(1/3)


 謁見の間の中央にワルキューレ皇帝が座している。


 皇帝は体躯に恵まれた壮年の男性だ。気性が激しく、気まぐれで嘘つきという評判を裏づけるかのように、不機嫌な顔つきで頬杖をついている。


 皇太子ジークラインが召喚を受けて謁見の間に入ると、父である皇帝は内緒話をするかのように、息子をすぐそばまで呼び寄せた。

 家臣にも聞こえぬほどの小声で、ひそひそと耳打ちをする。


「今さ、チェルリクからの使節団が来てるんだけど」


 チェルリクとは、遊牧民族の部族連合国家のひとつだ。


 ジークラインが皇宮内を魔術で探索すると、確かに使節団の姿があった。


 特徴のある民族衣装なので、チェルリクの民はすぐにそれと分かる。

 錦の上着は立ち襟・前開きで、胸のボタンには飾り紐が水平についている。足さばきがしやすいズボンと長いブーツを身に着け、帯剣用のサッシュベルトを低い位置で締めているので、乗馬や騎竜での戦闘に特化した服装であると見当がつく。頭にはにかわで固めた布の帽子かターバンが、それぞれの身分に合わせて巻かれていた。


 彼らチェルリクの民はひとつのところに定住しない。世界各地で放牧と魔物狩り、それに人里の襲撃などをして生計を立てている。チェルリクの現皇帝はワルキューレとの間に二、三の国を挟んだあたりに宮廷を構えており、そのため配下の民が散発的にワルキューレへとやってきては領土を荒らしていくのが問題になっていた。


 帝国にしてみれば迷惑千万な民族ではあるが、チェルリクの民は常時移動しながら生活しているので、ことのほか転移魔法と騎竜、騎馬の用兵に熟達している。国民総騎竜兵とまで言われる彼らと比べたら、帝国兵が飛ばす騎竜の操縦術などまるで児戯だ。正面から戦争をしても、帝国の勝ち目は薄い。そのため、防ぎきれぬ天災として多少の乱暴狼藉には目をつぶっている状態であった。


 ジークラインは様子見用の魔術を使い、使節団に敵意がないこと、強力な魔術を使う形跡がないことを確認して、ひとまずは問題なさそうだと結論づけた。皇宮に招き入れた時点で一通りの武装は解除されているはずだが、相手の素性を確認せずにはいられないのは彼の習い性である。


「いきなり来るとかちょっと常識ないよね。わしびっくりしちゃってさ。何の用だと思う?」


 恐ろしい皇帝のイメージからはかけ離れた、ごく庶民的な語り口。

 父親がこのように軽薄な言動をするのはいつものことなので、ジークラインは気にせず答えた。


「……現在、チェルリクとは交戦状態にありません。領内に現れたという報告もここ数か月ほど聞いていません」


 つまり、将軍職のジークラインには何も分からないのだが、父皇帝は彼の私見が聞きたいのだとでもいうように、「ぶっちゃけどう思う?」と言った。


「チェルリクが最近大人しくしてたのは、何かでっかいことやらかす前兆?」


 でっかいこと、とは、要するに戦争であるとか、侵略といったようなことだろう。話の内容にそぐわぬ言葉選びもいつものことなので、ジークラインには父親の言いたいことがすぐに分かった。


「可能性はございますが、最近はもっぱら別大陸の侵略を進めているとの情報も……メイシュア教国家からの救援要請の手紙がいくつか来ておりませんでしたでしょうか」

「ああ、来てたね。別の子と遊んでるからわしらに構ってる暇なかったってこと?」

「おそらくは」

「じゃあ何の用よ? まさか『一緒に遊ぼう』とか言わないよね?」

「別大陸の侵略に難儀して、帝国と手を組みたがっている可能性がどの程度あるかは不明です」

「ふうん……お前さんにも分からんと」

「彼らは常に移動しています。捕捉するには時間がかかります」


 父皇帝は使い走りの少年に救援要請の手紙を集めてくるように言いつけてから、ジークラインに適当な空間を指し示した。


「わしひとりで謁見するのちょっと不安なの。そこにいてくんない?」


 どうやら皇帝は奇襲を警戒している様子だった。


 チェルリクは少数精鋭の奇襲も非常に得意としている。国際的な評判もあるので、正当な理由もなく皇帝を直接狙うのはまったく得策ではないが、それでなくともワルキューレとは大陸の覇権を巡って争う敵同士なので、奇襲の可能性がないとは言えない。


 そういう話であれば是非もない。

 ジークラインは愛用の剣を取り寄せて、皇帝のすぐそばに陣取った。

 非武装の集団相手に剣が必要になるとも思えないが、武力は目に見える形で示した方が効果的だ。


 使節団は謁見の間に招き入れられるや否や、帝国の作法に則ってお辞儀をした。


「陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」


 使節の代表が流暢な帝国語を話すのを、ジークラインは意外な思いで聞いていた。

 現在、チェルリクと帝国の間に主だった国交はない。チェルリクの皇帝が気まぐれで使いを寄越すときも、よくてチェルリク式の教会司祭の通訳か、ワルキューレとチェルリクの間にある国家から攫ってきた奴隷の通訳か、どちらかを使うことが多い。


 帝国語が使える使者を送ってきたとなると、チェルリクも多少は帝国におもねる気があるということだろうか。


 使節団が持参してきた献上品のリストも申し分のないものだった。

 特産の毛皮、錦の反物、質のいい騎竜、騎馬、猟犬、象牙と竜爪の美術品。


 彼らはワルキューレの皇帝と一通りの会話をしてから、チェルリク皇帝の手紙を読み上げた。


「天上にいまし『神の御子』にして『竜の手綱』、『全チェルリクの民の首長』たる皇帝カザーンより、ワルキューレの民の王に親書を授けん」


 親書。


 チェルリクは神の御子を自称しているので、たまに寄越す手紙もすべて『神託』と書き記す。神の御子から、地方の王ワルキューレ皇帝へ、ありがたい命令をするから聞け、という体裁だ。


 親書とまでへりくだってきたのは、ジークラインが知る限りこれが初めてではないだろうか。


「汝、ワルキューレ王に一男ありて、此れ勇壮にして光のごとく、竜よく殺し、剣にては並ぶものなきなり。音の聞こえん限りの土地、騎馬、騎竜の到りうる土地すべてに住める者、豈此れを知らざらんや――」


 急に自分の話を持ちだされ、ジークラインは内心訝しんだ。

 竜殺しの一男といえば、皇太子である自分をおいて他にいない。


「汝が子息ある限り、いかでか我が方の土地に安寧を知らんや。余は全チェルリクにて平和と和戦のもたらされんことを願いたり。汝、ワルキューレ王、我らと永久の講和をせんと欲すれば、我が宝、我が一女を汝が子息と娶せて、以て血族同盟の証とすべし。余は婚資としてワルキューレの土地にかけし竜の手綱を解き、弓矢打ち捨てて、汝らのもとへ返還せん」


 要するにチェルリクは、『結婚で講和を結ぼう』と言っている。

 付帯条件として略奪した土地の返還をつけてきたのだから、侵略的な外交一辺倒だったこれまでとは違うことを示してきた、ということか。


 手紙はひとしきり結婚の条件を述べたあと、無難に締めくくられた。


 皇帝は内緒話をしていたときとは打って変わって、威厳のある顔をして聞いていたが、やがてぽつりと言った。


「いい知らせだ。そうは思わんか、せがれよ」

「……領内の平和、ないし、奪われた土地の返還は帝国民にとっての悲願でありましょう」


 そう答えつつ、ジークラインの脳裏に浮かんだのは婚約者の娘のことだった。


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