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海辺でバーベキュー(2/4)


「ジーク様、ちゃんとお好きな具材お持ちになりました?」


 今日は海水浴。海水浴といえばバーベキュー。

 そこでディーネは、彼に「素焼きにして食べるので好きなものを持ってきてね」とあらかじめ伝えておいた。


 ジークラインは話題が変わったことに素直に喜んだ。


「ああ。任せろよ。要は焼肉だろ? 鹿も雉も持ってきたからな。吐くほど食えるぞ」

「まあ高級ジビエ……なんだかバーベキューソースで雑に食べてしまってはもったいないですわね」


 しかもディーネの作ったバーベキューソースもだいぶうろ覚えだ。

 とりあえず色々入れておいたらいいか、ぐらいの温度感で作ったので、再現度は低い。

 こんなことならもっとちゃんとしたソースにすればよかったかもしれないとディーネが思っていると、使用人がしずしずと荷車で獲物を運んできた。


 夏の旬なジビエ、鹿、雉、つぐみなどが、毛皮つきで並んでいた。

 羽根やら角やらもきれいに残っている。


 バーベキューの素材……というよりは、死骸だ。

 動物の死骸が並んでいる。


「えっこれ……採れたてですがな……」

「解体は不肖ながらわたくしたちがさせていただきます!」


 動揺もあらわなディーネに元気よく答えたのは小姓の少年だ。

 よく見ると、今回のジビエの解体のために集まったらしき少年貴族がぞろぞろと館から出てくるところだった。


 ――解体って、もしかして……


 動物の死骸から肉を切り出すということだろうか。この美しい浜辺で?

 正気だろうかとディーネが思っていると、ジークラインからも言われてしまった。


「たまにはこいつらも仕込んでやらねえとなんねえからな。ちっと時間くれ」

「え……ああ、そう……ですわね……」


 小姓の教育は預かっている貴族の責任。ジークラインが礼儀作法を仕込んであげるのも義務のうちだ。そしてジビエの解体は、貴族ならばぜひとも身に着けたい、必須のマナーである。


 そして青空の海岸でジビエの解体ショーが始まったのだった。


 ジークラインの指示で鹿の皮にナイフが入り、なるべく毛皮を傷つけないように、丁寧にはがれていく。


 鳥の羽根はむしるが、捨てたりはしない。あとでもう一度完成品の料理に飾りつけたりなどして使うからだ。


 浜辺にジビエの血が流れ、白い砂や青い波が赤色に染まる。


「おう……スプラッタ……」


 グロに弱い貴族令嬢だったらいまごろ卒倒していることだろう。

 侍女のナリキとレージョは青い顔で館に引っ込んでしまった。

 実を言うと、ディーネも肉の解体現場はそれほど得意ではない。


 わいわいがやがやと楽しそうに作業する年若い貴族たち。

 華麗なナイフさばきと正確な仕事で尊敬を集めているジークライン。


 ディーネはひたすらパラソルの下でぽかーんとしていた。


「あっれぇー……? バーベキューってこういうのだったっけ……?」


 ハワイのビーチに来たらなぜかマグロの解体ショーが始まった――みたいなことになってしまった。


 よく考えたら、バームベルクにバーベキューの文化はない。ディーネはただ『浜辺でお肉を焼いて食べましょう』としか言っていないので、野外での焼肉パーティということで、ジークラインが勝手に狩りのようなものを連想してしまったのかもしれない。これに関してはディーネの説明不足も悪かったのだろう。あらかじめ概要を提示するか、さもなければディーネが手回しをして事前の準備をしておくべきだった。彼から誘ったことだから任せろと言われて、本当に準備を一任してしまったのが敗因か。


「あら、ディーネ様、着替えて正解だったのではありません?」


 そう涼しい顔で言ったのはジージョだった。


「そうかもね……」


 この男所帯で女ひとり水着はだいぶ恥ずかしい。

 これはジークラインからも『ヤベーカッコのやつがやってきた』と思われても詮無いことであったろう。


 シスはなぜか得意げな顔をしていた。彼女は修道院育ちだからか、お嬢様の侍女としてはだいぶ型破りなところがある。このスプラッタな海水浴場でも顔色一つ変えていない。


「こんなこともあろうかと、レージョさんと相談して御着替えの第三候補ぐらいまで用意しておいて正解でしたわぁ」

「違うのあったんかい。なら最初っから全部出しなさいよ」

「でもそうしたらディーネ様は一番無難なのをお選びになるでしょう? それではつまらないですもの」

「人の服を面白そうかどうかで決めないでくれる?」

「そのドレスもいつ着ていただこうかと機会をうかがっていたんですのよ。ちょっと庶民的ですけれど、ディーネ様は淡い色がよくお似合いで素敵ですわぁ」


 いつも通り、さっぱり会話がかみ合わないので、ディーネはそこで追及を諦めた。


 やがて肉の下処理が終わり、丸焼き用の野鳥や、大きな鹿の骨付き肉などがたくさんできた。


 小姓たちは総じてみんな手際がよかった。グリル用のかまどや、燻蒸用のかまどなどが慣れた手つきでどんどん組み上げられていく。

 屋外用の架台食卓トレッスルが学校の教室二、三クラス分ぐらいの規模で並べられ、もはや大規模宴会場の様相を呈してきた。なぜか傍らには野外演奏隊までそろっている(普通、バームベルクの宴会では、こういう賑やかし役が欠かせない)。真夏の青空に軽やかに吹き抜けるトランペットの音は夏の甲子園球場を思わせ、ディーネはいろんな意味で目まいがしてきた。


 おまけに、シェフたちがジビエの調理に取りかかっている。下ごしらえが済んだ肉のおなかに香草や穀物を詰め込み、あまったくず肉は細切れにしてパイの具材にし、皮の表面に刷毛で油やサフランを塗ったりしている。


「私が思ってたバーベキューと違う……」

「そのバーベキューってのは何なんだ?」


 いつの間にかジークラインが近くに来ていた。

 なんだかいろいろと目まいがしていたディーネだったが、ジークラインの顔を見たらますます目まいがした。真夏の青い空、青い海、白い砂浜、そして極めつけに薄着をまとった体格のいい色男。ジークラインは下穿きのようなものを身に着けているほかは、上に薄手のマントのようなものを着ているだけで、ほぼ裸だった。シンプルイズベストとはこのことをいうのかとディーネは思った。この組み合わせだと視線が全部上半身に行く。彼ほど半裸が似合う男はワルキューレ帝国中探したっていやしない。


 もはやすべての思考が吹っ飛ぶようなロケーションだった。細かいことで悩んでいたのがバカバカしくなり、この世のあらゆることがどうでもいいと思えてくる。


 ――考えるな、感じろ。


「今となってはもう全然構いませんけれど……ええと、当初予定していたのは、鉄板に素材をならべて、雑に焼いて、雑に味の濃いソースをつけて食べる料理なのですわ。ですから材料ももっと素朴なものでよかったのですけれど……きのことか、豚肉とか……」

「あー……そりゃ悪かったな。今から持ってこさせるか? かまども鉄板用に組み直してもいいが」

「いえ、かえってこちらのほうがよかったと思いますわ」


 高級ジビエをわざわざバーベキューにする必要もない。


「鹿の燻製なんて、とってもおいしそうですわね」

「おう、楽しみにしとけよ。ここに来る前にも何度かやらせたからな。まあまあ食えるもんが出せるようになった」

「まあ素敵。待ちきれませんわ」


 そしてかまどに火が入った。

 通常、大きな塊肉のグリルや燻製には何時間もかかる。

 このあとどうしようかと考えていたら、ジークラインがふいに言った。


「ここから少し行ったところにボートがある。乗せてやるから来な」

「あら……」


 デートでボート。かなりディーネの好きなシチュエーションだ。少し沖の方に出れば誰にも邪魔されずにふたりっきりだ。それでいて、常にオールを漕がないといけないので、とても健全、かつ安心。


 館から少年貴族がわらわら出てきたときはどうしようかと思ったが、ちゃんとデートっぽいではないか。


 ディーネはご機嫌でジージョに報告し、許可をもらった。


「あら、素敵! でしたらディーネ様、ぜひとも御着替えなさいませ」

「……水着に?」

「ドレスの下に身に着けておくのです。濡れておしまいになっても困らないように」


 それもそうだと思ったので、ディーネは下に水着を着直しておくことにした。


***


 大きな麦わら帽子をかぶってボートの係留所に行くと、ジークラインは輝くような笑顔を見せた。リゾート地に照りつける常夏の太陽もあいまって、ディーネはまぶしさのあまり目がしぱしぱした。


 ジークラインと向かい合わせにボートへ腰かけ、オールに手をかける彼の腕が何気なく目に入る。力を込めたときに隆起する男らしい二の腕や、胸にくっきりと刻まれた筋肉の陰影から、あわてて目を逸らしながらも、ディーネは赤面を禁じ得なかった。


 ――や……やだわ、すてき……


 海面のはるか先を確認する横顔が、厳しい太陽光線によってきつく目を眇められているのを発見し、ディーネは溶け落ちそうになった。ディーネは彼のこの怖いご面相が相当好きである。いつまで眺めていてもいいなんて、ボートとはなんといい乗り物なのか。


「あの、わたくしも、お手伝いいたしましょうか?」


 水流操作の魔法ならちょっと使えるディーネがそう申し出ると、彼はハッと鼻で笑った。


「助勢? この俺に? そりゃあこの世でもっとも不必要なもんだな」

「……ええ、そうでしたわね」


 ディーネがなんとなく生ぬるい気持ちで相槌を打つと、彼はそうだろうとでもいうように得意げな顔をした。


「ま、お前にはとうてい理解できないだろうから特別に付け加えておいてやるがよ」


 ――なにか今すごいことを言われたような……


 ディーネが戸惑っていると、ジークラインはさらなるドヤ顔でかぶせてきた。


「好きな女の前にいるんだ。お前の前でぐらい格好つけさせろよ」


 ――きゃあ~~~~~!


 察しが悪い女でよかったと、ディーネは心底思ってしまった。

 岸からそれほど離れていないというのに、もはや熱射病的な何かで倒れそうだ。


「あっ、あ、あの、ジーク様はいつだってとてもかっこいい方だと、思いますわ……」

「よく分かってるじゃねえか」


 不敵に笑う彼にときめきを覚える。やけにキラキラして見えるのは、太陽光線が波に反射しているせいばかりでもないだろう。


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