海辺でバーベキュー(1/4)
青い海、白い砂浜、黒い磯。
灼熱の太陽は夏の風物詩。
ディーネたちはいい感じの海水浴スポットにやってきた。大国の皇太子ともなるとこうした観光名所に別荘をたくさん持っているので、旅行には困らない。
ディーネは水着姿で砂浜にやってきた。裸足で砂を踏みしめ、その熱さに驚く。ビーチサンダルがなければ歩けそうにもない。
――今朝がた、着替えのとき。
「今回の水着は少し大胆ですのよ!」
などと言いながら侍女がビキニを持ってきたとき、ディーネは「あ、うん」と言ってしまった。
「あら? 今回は怒りませんのね」
「なんか、一周回ってフツーだなって……」
上下セパレートの水着。前世でもこういうのをよく見た。伸縮性のある布地はどことなくポリエステルを思わせる。これも魔素材ならではか。
「ディーネ様のことだからもっと嫌がると思っていたのですけれど」
「あのさ、人が嫌がるの分かってて服着せるのってどんな気持ち?」
「とてもやりがいのあるお仕事ですわ」
「どんな気持ちかって聞いてんのよ。あんたに情はないわけ?」
「きっとジーク様もお喜びになりますわ」
「ついてないのは耳かな?」
「とてもやりがいのあるお仕事ですわ」
「ループしないで」
定型文しか喋れないロープレの登場人物みたいな会話はやめてほしかった。
さっぱりはかどらない問答を打ち切って、ディーネは水着を観察した。
どこにでもあるフツーの水着だ。上から白いワンピース風の薄物を羽織るようにできている。水遊びのときは基本的に下着の世界なので、下着風に作ったのだろう。
古代ローマの時代にはすでに水上スポーツ用のビキニっぽいものがあったというし、水遊び用の衣服はどの世界も似てくるのかもしれない。
ディーネは深く考えないことにした。
――今までの服もこんな感じだったし、まあ、問題ないでしょ。
「なんでもジーク様のお好みは布地が少ない服ですとか? 布が少ない服といえばやはり水着ですものね! きっとジーク様もディーネ様の水着姿をとっても楽しみにしてらっしゃるはずですわ!」
「そうかなぁ……」
そうだといいな、とディーネも思う。
ジークラインは砂浜でディーネが着替えて出てくるのを待っていた。砂浜に所在なく立っていたが、ディーネに気づいて顔をあげる。
その途端、彼はものすごい勢いで目を逸らした。
それはもう見事な見て見ぬふりだった。
あまりにも露骨に顔を背けられたので、ディーネは戸惑った。
――あれ、外しちゃった?
現代的な水着の露出度ともなるとさすがにジークラインもびっくりだったのだろうか。ディーネはなまじいろんな時代の変な服を知っているだけに、いまいち服から受ける印象が分からない。
「あの、ジーク様……」
「いい天気だな! 暑い! 日焼けに気をつけないとな」
ジークラインが挙動不審だ。
いきなり天気の話など始めたせいで、顔見知りのそんなに仲良くない人のようになっている。
「もう少し服を着ちゃどうだ? そんなんじゃ焼けちまうだろ」
「えっと……そう……ですわね」
やはりこれは、遠回しに水着がひどいと言われているのではないだろうかとディーネは思った。
「なんたって屋外だからな。外は気をつけないとダメだろ。どうせなら空中庭園の方が……なあ、ディーネ。移動するか?」
「移動って……せっかく砂浜に参りましたのに?」
「いやでも、外はマズいだろ。なんたって外だからな。それともお前、ロケーションが変わった方がいいのか?」
「何のお話ですの?」
「だから、屋外は初心者向きじゃねえって話だろ? 最初は慣れた場所のほうがよくねえか? ベッドの上とかよ」
「……本当に何のお話ですの…………?」
ディーネはどっと疲れを覚えた。会話がかみ合わないのは侍女だけで間に合っている。
ジークラインは踏み込んで説明する気がないらしく、何か言いたそうにしているが結局何も言わないでいる。
ディーネはわけが分からないと思いつつ、とりあえず会話が噛み合いそうなところだけ拾ってみることにした。
「ええと……日焼けでしたら、そこまで心配しただかなくても平気ですわ。今日はちゃんと日焼け止めも塗ってまいりましたのよ」
日焼け止めの主成分は酸化チタンと酸化亜鉛。チタンはともかく、亜鉛はどこでもよく採れる。
「日焼けを防ぐ塗り薬なのですわ。こうやって使うんですのよ。ほら……」
ディーネが軽く腕をあげて、二の腕に日焼け止めを塗布すると、ジークラインは恐れおののくように首ごと横を向いた。
「分かったから、服を着ろ!」
「えぇー……」
――怒鳴るほどのシロモノなの、これ?
いまいち彼の怒りどころが分からない。いつも着ている服とそれほど違わないのではないだろうか?
それともそう感じるディーネがおかしいのだろうか。変な格好の女が来たら彼も困るというのは分かる。
でも、先日のジークラインはディーネのことをかわいいと言ってくれた。だから、今日も珍しい水着姿で行けば少しは褒めてくれるのではないかと期待していたのだ。
それとも、そんな考え自体が浅ましいのだろうか?
「……承知しました。着替えてまいりますから、お待ちになって」
ディーネが捨て台詞同然にそう言い残して踵を返したとき、ジークラインはばつの悪そうな顔をしていたが、ディーネも少し怒っていたので、あえて無視した。
「……着替える。違うの出して」
侍女のところに戻り次第、開口一番にそう口にすると、レージョはうろたえた。
「まぁ、怖いお顔……何かございました?」
「ちゃんと服を着ろってさ。よっぽどひどかったみたい」
「そんな……」
レージョが慌ただしく違う服を持ってきてくれるのを尻目に、侍女の老婦人がスッと近寄ってきた。
「……なに?」
「いえ、少し気になったものですから……」
筆頭侍女のジージョは何かと口うるさいが、それほどお堅い方でもない。もともとは宮廷の才媛として有名だったらしいので、さもありなんだ。ここで言う才媛というのは仕事ができたり勉強ができたりするような人ではなく、『プレシューズ』、機知にとんだ会話ができる女性、というような意味だ。ワルキューレの宮廷文化はまだそれほど高尚な話をするレベルにまで到達していないので、実質的にはテレビでなんかうまいこと言う人気芸人、くらいのニュアンスだと思ってもらえると近い。
元人気才媛としての慧眼からくる余裕のせいか、ジージョはよっぽどのことがないかぎりはディーネとジークラインとの付き合いにも静観を決め込むことが多いのだが、珍しく何か言う気になったらしい。
「海水浴とはいえ、わたくしは木綿のドレスぐらいが上品で良いと思いますけれどねえ。殿下が服を着ろとおっしゃったのは本当ですか?」
「声まで荒げていらっしゃったわ」
少し皮肉っぽく返すと、ジージョはさもありなんという顔をした。
「あまり深刻に取らないほうがよろしいですよ、姫。何か深いわけがあるのでしょう」
「私の格好が見苦しすぎたとか?」
「姫のお体に見苦しいところなどひとつもございません。きっと他の男性の視線を気になさったのでしょう」
「誰もいなかったけど?」
「では、ご自分の視線もお気になさったのでしょう。ご立派ではございませんか。お若い殿方にはなかなかできる配慮ではありませんよ」
それにしたって怒鳴る必要はあるのだろうかと疑問に思っていたので、ディーネにはジージョの言うことが素直に聞けなかった。
――どうせまた暑さにやられて変な格好してきたと思ったんでしょ。
レージョは怒っている主人を気にしてか、いつものような軽口は慎んでいたものの、残念そうに『素敵でしたのに』とつぶやいた。
飾りも控えめなパステルブルーのコットンでできた五分袖とマキシ丈のサマーワンピースを着直して、ディーネがもう一度浜辺に行くと、ジークラインはなんだか叱られた犬のような顔をしていた。受け答えも覇気がなく、獰猛な大型犬がしっぽを丸めて鳴いているかのごとしである。
ディーネはまだ少し機嫌が悪かったが、しゅんとした表情がかわいすぎたので、許す気になった。
古代ローマのビキニっぽいもの
スプリガクルムと呼ばれる閉鎖型のツーピースの衣服が水上スポーツや運動、曲芸用に用いられたことがシチリア島のヴィラ・カザレに残されたモザイク画などで確認できますが、一般の女性に普及していたかどうかは疑問が残るそうです。
また、俊足の女神アタランタ(アタランテ)はギリシャの女神なので、当時の服装などからすると、スポーツの際には全裸であったと推測されますが、後年、ローマ時代になってから描かれたアタランタは、ローマ時代の服装を反映して、スプリガクルムの姿が多いそうです。
絵画引用は活動報告にあります。




