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馬上槍試合・後編


 ディーネが情けない気持ちで話し終えたとき、ジークラインはなぜか笑いを噛み殺していた。


「な、なんですの、笑いごとではございませんのよ!」

「笑ってねえよ。これはお前がうまいこと俺を喜ばせやがるからまんまと乗せられただけだ」


 彼は笑いながらディーネの手首を握った。それだけでディーネは決まりが悪い思いでいっぱいになる。


「これも、俺のためか?」


 彼の指がブレスレットのビーズを手繰り寄せる。しっかりバレているらしい。


「……品物は、侍女が試合のために用意したものですけれども、ご入用なら、ジーク様にだけはお渡ししても……で、でも、あんな風に晒し者にされるのは……」


 ――いや、でも、やっぱり、渡すのも恥ずかしいなぁ……


 発言に自ら横やりを入れてしまったせいでもごもご言いよどんだディーネに、ジークラインはとうとう声をあげて笑った。


「ははは、そうかよ。そんなイイもんもらえるんならしょうがねえな。それで来年の試合は勘弁してやるよ」

「ほ、本当ですの!?」

「ああ、本当だとも。なにしろお前は俺のために着飾ってるらしいからな」


 さっきから俺の俺のとうるさいが、要するにそれがお気に召したのだろうか。

 ジークラインは笑みをこらえきれないといった顔で、微妙に口角を上げている。試合を見守っているようなふりをして、もはや目は飛び回る騎竜兵たちのほうを向いていなかった。


「くれるっつうんならもらっておくよ。でも、お前がつけてるところを見せてくれりゃもっといい……」

「……!」

「なんてな。ははは、冗談だ。そんな顔すんなって」


 ニヤニヤしているジークラインの顔を、ディーネは信じられない思いで見つめた。


 人の下着を見て何が楽しいのかと思ってしまうのは、あんまりそういう冗談が好きじゃないせいなのだろうか。ジークラインが何を面白がってそんなにニヤついているのかも分からなかった。


 上機嫌なときのジークラインは見とれてしまうくらい甘い表情をしてみせる。

 ディーネは悔しいと思いながらも彼から目が離せなかった。


 それにしてもジークラインの考えていることはよく分からない。


 ディーネはてっきり、彼は見た目には興味がないのかと思っていた。それなのに、最近はこうやって見た目のこととか、ちょっと微妙な部分でジークラインからからかわれる機会が増えた。


 だいたいにして、ガーターベルトがほしいだとか見たいだとか気軽に言ってくれるが、はたして彼は本心から言っているのだろうか? おそらくからかわれているだけのような気がする。よく分からない。


 むむむ、と眉根を寄せてすぐそばに座っているジークラインを見上げると、彼は苦笑した。


「今度は何をむずかってやがる? まったくお前は手がかかる女だな。嫌いじゃねえけど」


 ジークラインには人の感情が魔力のうねりとして見えるらしく、ディーネの気分もいちいちぴたりと当ててくる。ディーネも魔術師としてそこそこの腕前だが、そこまでの境地には至っていない。


 いつも勝手に感情を読まれているディーネとしては、なんだかズルいと思ってしまう。


 ジークラインは今、この瞬間にも、ディーネが思いもよらないようなことを感じているかもしれない。


「……わたくしにも、ジーク様の考えていることが読めたらいいのに、と思っているところですわ。ねえ、ジーク様、どうすればわたくしにもオーラが読めるようになりますの?」

「教えたらお前、悪用するだろ」

「悪用なんていたしませんわ。だってジーク様ばっかりズルいんですもの。わたくしの感情を勝手に読んでいるのに、わたくしにはジーク様のお気持ちがちっとも分からないなんて、不公平ですわ」


 ジークラインは困ったようにディーネを見下ろしている。


「俺の気持ちったってな……そんなもん知ったってどうにもならねえだろ」

「なりますー! なるんですー! ジーク様が嬉しそうにしていらしたらわたくしだって嬉しいですもの」

「……別に、いつも嬉しいわけじゃねえぞ」

「構いませんわ。わたくしと一緒にいて、どんなお気持ちなのかが知れたら、わたくしだってもっとジーク様にいろいろしてさしあげられるではございませんか。悲しい気分のときはお慰めしてさしあげて、お怒りのときははやく機嫌が直るようにお手伝いしてさしあげますわ。ね、すてきだと思いません?」


 手を打ち合わせて自画自賛の意を表明したが、ジークラインはやっぱり嫌そうな顔をしていた。


「必要がありゃ直接言うよ。お前も知りたきゃ聞けばいいだろ」

「じゃあ、今は? どんなお気持ちでいらしたんですの?」

「どんなってこともねえけどよ……まあ、悪くない気分だったよ」

「どーんーなー? 楽しかったとか、嬉しかったとか、いろいろおありでしょう?」

「そう言われてもな……」

「ほら。聞いても教えていただけないから、直接知りたいと申し上げているのですわ」

「いや、別に、わざとやってるわけでもねえけどよ……知りたきゃ教えてやってもいいが、そもそも言葉にしようと思ったことがないからどう言やいいのか……」


 彼は少し考えてから、サラリと言った。


「とりあえずお前が可愛いとは思ってたよ」


 ディーネはまん丸に目を見開いた。

 ディーネにつられてか、ジークラインもまた変な顔をした。


「……そんなに驚くことか?」


 驚くことである。

 ディーネはこくこくとうなずいた。


「なんだよ、かわいいだろ? お前だって自分がかわいいことぐらい分かってるだろうに」

「し、しりません、そんなの……」


 反射的にディーネが言い返すと、ジークラインは『あざとい』とでも言いたげに鼻で笑った。


「俺がこんなに目をかけてやってるんだから、知らないわけねえだろ?」

「それは……ジーク様がご親切なのは、おやさしいからで……」

「ご親切でおやさしいのは俺の美点だが、俺がお前に甘いのは、お前が特別に可愛いからだ。当然だろうが」


 何が当然なものか。

 ディーネは身が小さくなる思いがした。


「なんだよ。お前、そんなことも知らなかったのかよ。まったくしょうがねえなあ」


 修業がなっちゃいないだとか、ジークラインが何やら軽口を叩いているが、ディーネはもはやそれどころではなかった。


 ――かわいい……!? かわいいですって……!?


 かけられた言葉がうれしすぎて、逆に信じられない。意味もなく自分の髪の毛の房を握りしめていると、ジークラインから笑われた。


「あざとい」

「こ、これは、別に、狙っているわけでは……っ」

「おーおー。すぐ赤くなんのも可愛いな」

「もう!」


 怒っているふりをして、ディーネは顏を思いっきり背けた。ニヤけるやら頬が熱いやらでもはや表情を保っていられない。この頃は好きだと言ってもらえることも多くなっていたが、可愛いと言ってもらえるのはまた格別だった。


 彼はディーネに興味がないのだとずっと思っていた。

 もしかしたら、そうでもないのかもしれないという希望のようなものが芽生えてきていた。とても心がざわざわする感覚だった。ドキドキして落ち着かなくて、うれしくて誇らしい。


 何を言うでもなく見つめ合っていたら、ジークラインが屈託のない笑顔で手を差し出した。


 ディーネは、とりあえずお手をしてみた。何だか意味が分からなかったのである。


「いや、ちげえよ。くれるんだろ? ガーターベルト。もらってやるからよこせよ」

「えぇ……」


 そういえば先ほどあげると言ってしまったばかりだった。軽率な発言をしたと思う。


「……今すぐですの?」

「あとでも構わねえぜ? 俺は気が長いからな。いくらでも待ってやる。ただし俺が優勝するまで焦らすってんなら、俺がこの手でじかに外しにいくからそのつもりでいろよ」

「今すぐ外しますわ!」


 脊髄反射で答えたはいいものの、いざスカートの下に手を伸ばすとなると微妙な気持ちになるのも事実だった。

 固まっているディーネに、ジークラインがからかうような視線を送る。


「そうかそうか、そんなに俺に外してほしいか」

「そ、そういう、わけでは……!」

「いいっていいって。任せな。お前は何にも心配いらねえよ」


 何の心配だ。彼はいったい何の話をしているのだとディーネは強く思ったが、ツッコミを入れると藪から蛇を出しそうなので、黙っておいた。


***


 試合はお昼の休憩を挟んで順調に進み、今年の優勝者は某家の騎士に決まった。


 しかしその後ジークラインに瞬殺されたのは言うまでもない。


 結局ディーネはぐずぐずとガーターベルトを外すのを先延ばしにしていたが、彼が試合をしているすきに素早く取っておいて、ことなきを得た。


 試合から戻ってきたジークラインはディーネもちょっと引くほど機嫌がよかった。


 が、無言で手渡されたものを見て、何も言わないながらも、静かに悲しんでいた。


 これには照れ屋の彼女も『ちょっと悪いことをしたかな?』と思うほどであったという。



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