夏のファッション対決(3/3)
公爵令嬢のディーネは婚約者の部屋で不機嫌の極みだった。
変な服は侍女たちの陰謀だというのに、着たい服と似合う服は違うなどと遠回しに批判までされる始末だ。
言った当人はすぐに復活し、落ち着けとでもいうように、両手を肩の高さに上げた。
「……まあ、お前にも事情があるのは分かるよ。使用人と意見が合わないことだってあるだろうしな。好きな服着りゃいいよ。お前は何着ててもすげー似合う。いい女だからな」
思わぬ褒め言葉をもらって、ディーネはビクリとした。
おろおろと周囲を見渡す。
「誰もいねえよ。お前に向けて言ったんだ」
ディーネが震える人差し指で自分を指すと、ジークラインは彼女を安心させるように大きくうなずいた。
「つまり俺が言いたいのはな、お前はいい女なんだから、俺を喜ばせようと無理して奇抜な服なんざ着る必要はねえってことだ。お前がどんな服を着てようともいい女であることには変わりないが、俺は、お前らしい個性が感じられる服が一番好きだ。俺のために嫌な服を着て不機嫌になっているお前を見るよりも、お前が着たい服を着て、にこにこしててくれるほうがずっといい」
――や、やさしい。
ディーネは瞳が潤みそうになった。
それは元からジークラインがいい人なのは承知していたが、気でも触れたのかと思うようなカッコをして現れた人間に対して、こんなにやさしい言葉をかけてくれるなんて、思ってもみなかった。なぜか自分のためだと確信しているところはまあ、厨二病だからで置いておくとしても、ディーネはすっかり感銘を受けてしまった。
ジークラインはなおも続けて言う。
「俺はお前のいつもの格好もすげえいいと思ってるからな?」
ディーネは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
ディーネのいつもの格好とは、ぱっつんぱっつんのセクハラ衣装である。
「えっ……アレが……?」
反射的に疑問を呈してしまったのも無理からぬことであったろう。
「最高だろ? お前すげーいい体してるんだからちょっとぐらい見せたって全然恥ずかしくねえよ」
「アレが……? ちょっとぐらい……? しかも……恥ずかしくない……?」
さきほどの感動もどこへやら、ディーネが混乱のあまり復唱すると、ジークラインはなんとなく非難めいた響きがあることに焦ったのか、少し早口になった。
「なんだよ、いいだろ? 見せても減るもんじゃねえんだし。俺は見たいよ。お前がちょっと恥ずかしそうにしてるのも含めて最高だ、スゲー好きだ」
――ジーク様が壊れた。
ディーネは目が点になった。
起きている出来事に理解が追いつかない。
「えっと……ジーク様は、わたくしの外見に、ご興味はお持ちでないのだと思っておりましたわ」
ディーネは、ひとまず情報を整理するべく、聞いてみた。
だいたいにしてジークラインはいつもディーネの格好には無頓着、無関心だった。
いきなり実は好きだなんて言われても、理解できるわけがない。
「だから、それは……お前次第だ、ディーネ」
何のことやら、とディーネは思った。外見に興味はあるのか? と聞いているのに、ディーネ次第とはいったいどういうことなのか? さっぱり分からない。
「だいたいお前、俺をどうしたいんだよ? 突然妙なカッコしてきたかと思えば、俺の顔色ばっかりうかがってきやがって。どういうつもりなんだ。あやうく誤解するところだったじゃねえか」
「誤解……って?」
「だから、ほら……」
ジークラインはもどかしそうに手振りで何かを伝えかけ、結局やめた。
「いや、何で分からねえのかが俺にはわかんねえよ……」
ジークラインの声のトーンが下がり、急激に落ち込んでしまった。
ディーネにはさっぱり訳が分からない。
「お前、本当に何がしたいんだ? 挑発してんなら上等じゃねえか。いつでも受けて立ってやるよ。さあ、ディーネ、どういうつもりか言ってみろ」
ジークラインがディーネの太ももに手を置いた。のみならず、ミニスカートとニーハイの隙間にある肌をつつっと撫でた。
「ひっ……!」
「お前、こんなカッコしてきて、俺をどうしたいんだよ? 妙な格好までは許すよ。そういう気分のときもあるだろうしな。けどな、俺の反応試してるのはどういう了見だ? お前は俺にどうしてほしいんだよ? そうチラチラ顔色ばっかりうかがってこられたら、俺に何かされたいのかと邪推したくなってくるだろうが」
――ご、誤解って、そういうこと!?
それはそうだろう。自分の部屋にこんな格好の女が来たら誤解する男が出てきてもおかしくはない。ないのだが、まさか、ジークラインに限ってそんなことあるわけがないと思っていたディーネには、少々衝撃が大きかった。
「わ、わたくしはただ、ジーク様の服の好みが知りたくて……っ!」
「服自体にこだわりはない。強いて言や布が少ない方が好みだ。ほかには? 何が知りたい? お前が知りたいことは何でも教えてやるよ。何でも……な」
ささやき声が近い。ディーネは一瞬、どうして自分がジークラインのひざに座っているのかが理解できなかったが、そういえば先ほど自分で座ったのだと思い出し、うかつさを後悔する。
「もっと知りたいことがあるんじゃねえか? 言ってみろよ」
さわさわと太ももを撫でられて、ディーネは瞬間的に頭に血がのぼった。
考えるよりも早く体が動く。
「ご……ごめんなさいー!!!」
ディーネはその場から逃げ出した。
***
ジークラインの部屋に行ってからわずか十分少々で戻ってきたディーネを見て、侍女ふたりは大いに盛り上がった。
「いかがでしたの!?」
「いけませんわ、お顔が真っ赤ではありませんの!」
「いったいどんなロマンスチャンスが……?」
ディーネはふらふらと椅子に座り、両手を組んで額を乗せた。
「わ、分からない……情報量が多くて……」
「情報量……? どういうことですの?」
「ディーネ様語ですわ。おそらく予想外のことがとてもたくさん起きたということかと」
「まああ、ロマンスですわぁ!」
「何があったんですの、ディーネ様?」
きゃいきゃい盛り上がっている二人にしつこくせがまれて、ディーネはとりあえずさきほど受けた一番の衝撃をポロリと口にした。
「太ももを撫でられた……っ!」
きゃあきゃあと甲高い悲鳴が上がる。
「それでそれで!?」
「そのあとどうなったんですの!?」
「逃げて帰ってきたわ……」
ディーネが呆然とつぶやくと、一気にブーイングが上がった。
「それだけですの!?」
「太ももを撫でられただけ?」
「もっと何か進展したのではありませんの!?」
「だ、だって! あんなの初めてで……っ!」
二人はオーウ……と大げさに嘆き悲しみ、それぞれ目に手を当てたり、ぐったりと対角線の床の隅を見つめたりした。
「レージョさん、今のお話どう思います?」
「ええシスさん、ジーク様が思いのほかヘタレなので驚いているところですわ」
「ですわよね。まさか太ももも撫でたことないなんて……外見詐欺もいいところですわぁ」
「もっとイノシシのような追い上げをするのかと思っておりました」
「肉食獣みたいな外見して、中身はとんだ草食獣……いたいけなお馬さんでしたのね。やれやれですわぁ」
「これでは子リスちゃん並みの心臓のディーネ様からも舐められるはずですわ」
さんざんな評価を食らってディーネは反発心がわいた。
「な、なによなによ! 人が真剣にショックを受けてるってのに面白おかしく見物してくれちゃって!! だいたいジーク様はそういう人じゃないんだからね!? あんたたちが変なカッコなんかさせるから変な誤解されただけなんだから!」
怒っている主人を見てふたりは顔を見合わせる。
やがてレージョがしらじらしく身体をくねらせてしなを作った。
「……ごめんなさいディーネ様、おふたりの清らかなご交際に目がくらんでしまって。ね、シスさん?」
「ええ、ええ。お互いを思いやるとっても素敵なご関係を築かれているようで何よりですわぁ」
「こ……こいつら……!」
ディーネはかんしゃくを起こしそうになったが、どうせ怒っても無駄だと判断して気を落ち着けた。
「でも、ディーネ様、これではっきりいたしましたわね。わたくしの服にかかればジーク様もただの雄牛と化すのですわ」
「そうですわディーネ様、お怪我がなくてよろしゅうございましたわぁ」
「そ、そんなんじゃないもん!! ジーク様はそんなんじゃないもん!!」
「まだそんなことおっしゃって……どうしたものかしら、ねえシスさん」
「そうですわねレージョさん、もっと痛い目に遭わないとお分かりにならないのかもしれませんわぁ」
「では次の服を……」
ああでもない、こうでもないと服の選択に入った侍女たちに。
「いーやー! もう着ないからー!!」
ディーネは心からの雄たけびを上げた。




