表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/252

調子に乗った公爵令嬢

 園遊会の開始まで、あと三十分を切っている。


「そこのあなた! 食糧庫の在庫を確認して報告してちょうだい! そっちのあなたは調理器具をあるだけ全部出して! あなたはわたくしの家に飛んでベーキングパウダーをもってきて! ガニメデという研究員にお尋ねなさい! それからあなた! 魔術師長に二等級魔術の使用許可を! それから――」


 ディーネは矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。


「……本当に任せておいていいのか……?」

「仕方がない、何が起きても彼女の責任だ」

「公爵令嬢ならば、園遊会のケーキがすべてキャンセルされても、そう重い処分は下されますまい……」

「ここはしたがっておいたほうがよさそうですな」


 はじめは態度を決めかねていた料理長などの各セクションの責任者たちも、ディーネに泥を被せる方向で意見がまとまったようだ。

 もちろん、ディーネには失敗するつもりなどない。


「材料がそろいました!」

「道具もこちらに!」

「オーブンの予熱も完了しています!」


 ディーネは広々としたキッチンを見やる。ときには皇宮で開かれる数千人からのパーティで出す料理さえも賄えるほどの規模だ。三百人分のケーキも、本来は作ることなど造作もない。

 彼らがためらうのは、パン種の発酵に時間がかかるから。園遊会はすでに開始直前だ。


「ではみなさん、今からわたくしが説明するレシピの通りに制作を開始してください!」

「しかしフロイライン、今から作っても……」


 疑問視する声をあげたのは料理長だ。


「承知しております。間に合わない……とお考えなのですわよね? 今から生地をこねて、パン種を発酵させるのに一時間、それから焼き上げにおおよそ三十~四十分、粗熱を取るのに三十分、デコレーションに三十分……園遊会が終わってしまいます」

「でしたら、なぜ……!」


 ディーネはくすりと笑ってみせる。


「パン種の発酵に時間がかからない、としたらいかが?」

「なんだと……?」

「そんなことは不可能だ……!」


 ざわざわざわ、とシェフたちが騒ぎ立てる。


「それを可能にするのが、パン種の代わりに使うこの新しいふくらし粉ですわ!」


 ディーネは今しがた届けられたばかりの白く輝く粉を、高々と掲げてみせた。

 そう、ベーキングパウダーを使えば、待ち時間なしで即座にケーキを焼けるのだ。


「それに、わたくしも少しは魔術の心得がございますの。とくに水系は大の得意ですわ。ケーキを冷却させたいのならば……」


 空間を操作すると、急にあたりの空気が冷えて、近くにあった水入りのコップがキンと澄んだ音を立てて凍った。


「私の魔法で三分ですわ」


 にっこりと笑うと、シェフたちはどよめいた。


「おおおお……!」

「ウィンディーネさま……!」

「格好いい……!」

「やべえ、抱かれてえ……」


 いつの間にかあたりは割れんばかりの拍手と口笛で大盛り上がりの様相を呈している。ディーネは得意満面でおじぎをし、急に我に返った。


 ――はっ。調子にのってつい。


 無駄なデモンストレーションに時間を費やしてしまった。

 しかも厨二病殿下でさえ苦笑しそうな恥ずかしい決め台詞までつけて。

 やばいやばい、何考えてんの。


 一刻を争う事態だということを思い出し、ディーネはきまじめな表情を作ってケーキのレシピ指導に入った。


 はじめはいやいや従っていたシェフたちも、もはやディーネに逆らう気配はない。それどころかノリノリで彼女の言うことに耳を傾けている。


 材料を混ぜ合わせた端からどんどんケーキを焼かせた。

 第一陣が焼き上がり、いよいよディーネの出番となる。


「二等級魔術の使用許可が降りました!」


 二等級魔術とは、主に人に危害を加えない安全な普遍的魔術のことをいう。戦闘を想定した危険な魔術は一等級に分類される。皇宮にはジャミングがかかっていて、大きな魔法や高度な魔法が使いにくくなっているのだ。


 魔法で一個ずつケーキの熱を奪っていく。無機物の個体に氷や霜をつけることなく熱だけ奪うのは、かなり高度な魔法に分類されるため、使いこなせる人間は少ない。実際に魔術の実演を始めると、周りにいた魔術師たちが感嘆のまなざしをディーネに向けた。


「できた順からどんどん持っていって!」


 盛りつけが済んだものを片端から園遊会に運ばせた。もう開始時刻は三十分ほど過ぎている。これ以上来客を待たせるわけにはいかない。


「さあ、はりきって参りますわよ!」


 ディーネは魔法の慣らし運転が終わったので、対象を一気に広げた。まとめて十数個分のケーキに照準を合わせ、超特急で熱を吸い取っていく。


 その時だった。

 ディーネの至近距離でいきなり大きな魔力の構成が生じた。その反応が転移魔法に固有のパターンと瞬時に悟って、ひやりとする。


 なにかが転移してくる。

 それはつい最近目撃した魔法の軌跡に酷似していた。

 彼女のいる位置を狙って打ち込まれたクロスボウの太矢が脳裏をよぎる。石壁を砕いて突き刺さったあの威力。あれが直撃したら無事ではすまない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ