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夏のファッション対決(2/3)


 公爵令嬢のディーネは侍女にお出かけ用の服を選んでもらっている最中だ。

 婚約者を悩殺するための衣装とかいう触れ込みで妙なデザイン画をたくさん見せられている。


「きゃー、下着をこんなに見せるなんて! はしたないですわぁ!」

「帝都の最新流行ですのよ!」


 ディーネの目には、ダメージジーンズ……そのワンピース版、という印象だ。

 縦にダメージが入ってボロボロのワンピースの隙間から、白い下着が見えている。


 しかし下着を見せているとはいえ、その下着も所詮はスモック状のロングワンピース。

 下着をチラ見せしていやらしい……というよりは、ティッシュの箱、という感じがする。

 裂け目からティッシュが出てきそうなデザインだ。

 とにかく基本的に肌はまったく見せていない。


「……あ、このくらいなら、私にも着れそうかな……」

「えー、でもでも、この格好はちょっと刺激的すぎると思いますわぁ」

「これは最終手段まで取っておきたいですわね。というわけで、わたくしチョイスの第一弾はこちら! ですわ!」


 出てきたデザイン画は、胸が出ていなければ、おなかもぽっこりしていない。

 変なデザインばかり見せられて思考がマヒしていたディーネは、それでいいと返事をした。


***


 そして日付が変わって次の面会日。


 ディーネはなぜかマーメイドラインの大人っぽいブラックドレスを着ていた。大人の女性……それこそ皇妃さまあたりが着たら似合いそうだが、ディーネにはちょっと貫禄が足りない。貫禄というのも少し遠回しな言いぐさだ。夢や希望と言った方がいいのだろうか、とにかくちょっと出っぱるところが足りないような気がする。


 ディーネは後悔していた。


 ――なんでこのデザインでオーケーしちゃったのかしら……


 全体的にハリウッドセレブっぽいドレスだが、おなかを上げ底でぽっこりさせているわけではない。だから別に普通かと思ってしまったのだ。あのときの自分はどうかしていたとしか思えない。それもこれも変なデザインばかり見せてくるレージョが悪い。あの中で言えば比較的まともだった。


 そして迎え撃つジークラインも、なんだか気まずそうな顔をしていた。


「……お前、それ……」

「へ、変ですわよね!? わたくしも変だと思ったのですけれど! なんでか着ることになってしまって!」

「いや、お前がいいならいいんだけどな……」

「ご、誤解ですわ、ジーク様! これは侍女が勝手に!」


 なんとなく視線を外し気味なのは、セクシーすぎて困っているから……ではないだろう、とディーネは途方に暮れた。


「なあ、ディーネ。お前が俺を喜ばせたくて努力するのは悪くねえよ。お前俺のこと大好きだもんな?」


 ディーネはぎくりとした。なぜかジークラインに魂胆まで見抜かれている。さすがは厨二病系ナルシストと言うべきなのか、自分に向けられる好意には必要以上に敏感だ。


「その心意気はうれしいよ。お前は本当に守ってやりたくなるようないい女だ。けどよ……」


 ジークラインがものすごく困っている。


「……そ、そんなに似合いませんでした? この服……」

「いや……そうじゃなくて」


 ジークラインはディーネの服を見て、また困ったように視線を外した。


「お前のそのカッコ、俺のおふくろを思い出すんだよ。なんかダメだ。できればやめてくれ」

「た、確かに皇妃さまはよくこういう服をお召しになってますけれど……思い出すとダメって、どういうことですの?」


 皇妃ベラドナはワイルドでセクシーな大人の美女といった雰囲気だ。ディーネもひそかに将来はああいう人になりたいと思っている。体型の差を考えると、ちょっと難しいかもしれないが。


「たとえば、もしも俺が、お前の親父さんみてえに、首にフリルを付けてきたらどう思う?」


 ディーネはなんとなくパパ公爵の顔を思い出した。パパ公爵のおちゃめな笑顔がジークラインに重なったとたん、ディーネはジークラインとイチャイチャする気が失せた。スーッと、自分でもびっくりするぐらい素に戻ってしまう。


「す……すごく微妙な気持ちになりますわ……!」

「な? なんかダメだろ? だからやめてくれ」


 ジークラインに懇願されて、ディーネはもうロングの大人っぽいドレスは着ないことを約束した。


***


「……なるほど、皇妃さま風はダメなんですのね」

「では次ですわ」

「今度こそジーク様の本性を暴いてみせますわぁ!」


 シスとレージョがやる気だ。

 うきうきと次のドレスを選んでいるふたりに、ディーネは一応声をかけてみる。


「ねえ、もうやめない……?」

「何をおっしゃってますの!?」

「まだまだ勝負はこれからですわ!」

「これからも何も、もともとジーク様は私の外見にあんまり興味がないんだと思うけど……」


 ずっと思っていたことを口にしてみると、二人はやれやれと首を振った。


「ですから、それが思い違いだと申し上げておりますのよ」

「お任せくださいましディーネ様。必ずやジーク様に鼻血を吹かせてごらんにいれますわ」


 ディーネはやる気満々の二人に逆らう気力をなくした。

 どうせ服は侍女たちに任せている。ディーネだって自分の仕事にあれこれ文句ばかり言われたら面白くない。

 こうなったら気が済むまで好きなようにさせてあげるのもいいだろう。ジークラインはどんな服を着ていこうが影響されたりはしないはずだ。何度かそのことを確かめさせて、シスたちに改めて言って聞かせればいいだろう。


 ――そんな風に考えたのが、そもそもの間違いだった。


***


 ディーネは再び奇妙な服を着させられていた。

 今度は超ミニスカートのワンピースである。黄色と緑の、左右で色が違う服と、やはり左右で色が違うニーハイソックス。先のとんがった靴。シャラシャラうるさい鈴のおまけつきだ。

 ディーネはわなわなと震えながら、頭にかぶっていたツートンカラーのとんがり帽子を床にたたきつけた。


「道化師じゃないの!」

「今度は無邪気な愛らしさを表現してみましたわ!」

「無邪気っていうかここまで来たら頭おかしい人でしょうが! なんなのこのスカート! パンツ丸出しじゃないの!」


 ワンピースは超ミニ丈で、太ももの下二十センチぐらいを申し訳程度に覆うものだった。

 マイクロミニなんていうレベルではない。


 するとレージョはとても不思議そうな顔をした。


「ディーネ様の正装とそれほど変わらないと思いますけれど……」

「そうだったね!! 忘れてたけどやっぱあれおかしいって絶対!!」


 ディーネの魂の叫びはレージョたちには届かない。なにしろ帝都には、実際にこういう格好をしてうろうろしている人たちがたくさんいるのだ。


 歴史的に言えば、ダブレットとはそのような服である。もともと中世西欧の男子服はビザンツ様式を真似て、膝丈か、それより長いくらいの上着がデフォルトだった。その上着の裾を、おしゃれ目的で短くしすぎた結果、ある時期からお尻が丸見えになってしまう不具合が発生したのだ。


 ところで、当時のズボン――ホーズは太ももまでの長さしかなかった。ニーハイソックスのような形状だったのである。


 お尻が見えるぐらい短い上着と、太ももまでの長さのニーハイ。

 この二つが組み合わさると、起こるべきことが起こる。


 つまり、ブレーやドロワーズが丸出しになる。

 現代風に言うなら『パンツ丸出し』なのである。


 要するにディーネのこの格好、ミニスカートに下着丸出し、ニーハイソックスの紳士服は、西欧中世の男性が教会にも着ていった、きちんとした立派な衣装なのであった。なんだそりゃ。


「こちらの服も帝都の最新流行ですのよ!」

「男性用のズボン下を履くところがとっても大胆ですわぁ!」

「道化師の扮装だからこそできる大胆なコスチュームですわね!」

「子どもらしい無邪気な服に身を包む大人になりかけの娘の肢体……これにはジーク様もひとたまりもないはずですわ!」


 ディーネはもう、いっそ殺してくれ、と思った。


***


 ジークラインはディーネと出合い頭に、大きく視線を逸らした。


「お前……そのカッコ……」


 なんのかの言っても道化師。しかもワカメちゃん丈のワンピースである。

 彼から見たら相当奇異に映ることだろう。


 ディーネはミニスカートの裾をぎゅっと握った。なるべく足が隠れるようにと、下に引っ張る。


「何があったのかは聞かないでくださいまし……」


 打ちひしがれているディーネがぽつりと言うと、悲しみの度合いは伝わったのか、ジークラインはいたわるように「そうか……」とつぶやいた。


「……最近暑くなってきたもんな……」


 とてもやさしく言われてちょっとときめきかけたが、さすがにこの発言は聞き捨てならなかった。


「ちょっと! まるでわたくしが暑さでおかしくなったみたいにおっしゃらないでくださいまし!」


 ジークラインは戸惑っている。

『違うのか……?』と顔に書いてあった。


「これは、その、侍女たちが、この格好なら……ジーク様も……その……ほら……」


 ディーネはしゃべりながらしどろもどろになった。説明できないことが多すぎる。だいたい何なんだ、馬脚を現す服って。馬鹿なのか。やっぱり三人とも暑さでおかしくなってたと思われたほうがまだマシなんじゃないか。


 もごもごと煮え切らない態度のディーネに、ジークラインは何かを理解したようだ。


 ジークラインはその美しくも男らしい顔に慈愛に満ちた笑みを浮かべて、ディーネを手招きした。


「よーしディーネ、そんじゃちょっと来てみろ」


 悲しみが深まりすぎてもはや無気力状態のディーネは、素直に言われたとおりにした。

 ジークラインの膝にすとんと腰を落ち着け、胸にもたれかかる。


「よしよし、いい子だ」


 わしわしと撫でる手つきは完全に大型犬を扱うときのそれである。


「いいか? ディーネ。お前に言っておきたいことがある。よーく聞けよ。まず、着たい服と似合う服ってのは往々にして違うもんだ」

「わたくしがこんなアホみたいな服を自分から進んで着たがったなんてお思いにならないでいただきたいわ……!」


 思わずあげた抗議の声に、ジークラインは一瞬、動作がバグッてフリーズした。

『違うのか……?』と顔に書いてある。ディーネとしては不本意きわまりない。



続きます。

ブレー、ホーズなどの絵画資料は用意できてますんで、

活動報告にアップ予定です。

五分後ぐらいにすぐ上がります。

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