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弟たちの冬休み


 転生令嬢のディーネには小さい弟が二人いる。


 上がレオ、釣り目でライオンっぽい金髪の小さいお兄ちゃんだ。

 下がイヌマエル、黒目がちの子犬フェイスの小悪魔な末っ子だ。

 どちらもべらぼうにかわいい。


 そして現在、弟との距離が遠い。


 彼らは今、冬期休暇で寄宿学校から帰ってきている。夏場は大喜びでディーネのところに遊びにきていたが、冬場の弟たちはまったくといっていいほど近寄ってこない。


 その理由とは――


 弟二人が部屋の入口のあたりで何やら相談をしている。


「近寄ったら息が白くなった」

「今年の姉さまもよく冷えてますね」

「もう少し厚着したほうがいいかもしれない」


 冬場は魔力が冷気に変換されやすいらしく、水系の魔法使いのディーネは知らず知らずのうちにまわりの空気を冷やしているらしい。


 寒いから近寄りたくない。むしろ近寄らないで、と言われるのが冬場の常だった。

 少し悲しいが、ディーネとしてもあまり構っている暇はない。


 しばらくして現れた二人は、鞠のようにコロコロに着ぶくれしていた。

 どこかで見たことがあるなあと思ったら、冬毛に生え変わったふくらすずめとか、肥えた柴犬だった。


 まるまると着ぶくれしたイヌマの手が、デスクワーク中のディーネのひざの上にひょいひょいと何かを置く。

 真剣な顔つきで中身を観察する姿は、難しい実験をしている科学者のようだ。


 何を置いたのかと思えば、お椀状の木鉢に、シロップだか洋酒だかに浸かったモモの賽の目切りが入っていた。


「……シャリシャリしてきました。今年もよく冷え込んでいますね、姉さま」

「イヌマ。姉さまのひざにシャーベットにすると美味しいものを置くのはやめなさい」

「姉上の分もちゃんと持ってきた。一緒に食べましょう」

「レオ。そういうことじゃないのよ」

「姉上は、モモよりもマルメロのほうがよかったですか?」

「そういうことでもなくてー!」


 思わず声を荒げると、レオがビクリとした。うるんだ瞳で『何か悪いことをしただろうか』と訴えかけてくる弟に負けて、まあいいかと考え直す。

 魔法で一発、ピシッと瞬間冷凍してやると、イヌマエルが歓声を上げた。


「姉さま、僕はすごい大発見をしたのです」

「ろくでもなさそうだけど、一応言ってみるといいわ」

「大広間の暖炉はあたたかいけど、ずっとそばにいると暑くなってくるんです。つまり……」

「オチは見えたけど、続けなさい」

「あつあつの暖炉のそばで姉さま特製のアイスを食べるととってもおいしいんですよ!」


 イヌマエルは自分の分の小鉢を取り上げると、さっさと逃げ出した。

 しかし着ぶくれしているところに素早く動こうとしたのが災いしたのか、すてーんと転んでしまう。

 イヌマエルはひっくり返ったまま動かなくなった。


 わたわた。わたわた。


 一生懸命もがいているイヌマエルだが、まるまると着ぶくれしているので起き上がれないらしい。


 ディーネは一切無視して、レオににっこり笑いかけた。


「レオ、いらっしゃい。姉さまがあったかーい魔法をかけてあげるから、一緒に食べましょう?」

「あの、イヌマは……」

「姉さまはレオと一緒にアイスが食べたいわ」

「そんなあ! 姉さまー! 助けてー! 姉さまー!!」


 ディーネはアイスを脇に置いて、レオをひざの上に乗せた。

 氷の魔法に比べると疲れるのでやらないが、ディーネはあたたかい魔法も一応使えるのである。

 レオを覆うくらいに設定してあっためてあげた。

 ついでに、着ぶくれしすぎてうまくスプーンが持てないレオに代わって、アイスをすくってあげる。


「はい、あーん。おいしい?」


 もぐもぐしながらこくりとうなずくレオ。うしろで誰かが騒いでいるようだが、聞こえない。


「どんどん食べてね」


 そのうちに暖房が効いてきたのか、レオの頬がほんのり赤くなってきた。


「あったかいお部屋で食べるアイスはおいしいね。ね、レオ」

「はい……しかし、姉上、イヌマが……」


 イヌマエルは死んだように動かなくなっていた。と思いきや、口がパクパク動いている。何かと思ってよく見ると、『アイス……た べ た い』というような感じに動いた。手を変え品を変え、甘えるのが上手な子である。


 ディーネは仕方がないので起こしてあげることにした。


***


 弟たちの冬装備は解かせた。ディーネもその気になればお部屋を暖めるくらいはできるのである。

 シャーベットをもぐもぐするイヌマエルが、「そういえば」と切り出した。


「姉さまはいつも寒くないんですか?」

「寒いわよ?」


 寒いので、中に服をめいっぱい着込んでいる。中世の服は毛皮が内側についているのだが、だいたいそんな感じで、保温性能が高いマジカル素材を裏に着ているのだ。


 そんなような話をしながら服の裏地を見せると、イヌマエルはとても困ったような顔をした。


「僕は将来姉さまのように氷の魔法が上手になりたいのです……」

「シャーベットがいつでも食べられるから?」

「そうなんです! でも! 僕は寒いの苦手なんです! どーしましょー? 姉さまー!」

「お部屋を暖める魔法も一緒に練習したらいいじゃない」

「でも、姉さまはその魔法苦手じゃないですか。いつも寒いお部屋で暮らしてますよね」

「苦手……ってこともないわよ。普段は自分が温まるぐらいの量しか使ってないだけで。ホッカイロ的な使い方と言ったらいいのかしら。お部屋全体を暖めるのは疲れちゃうけど、局所に絞れば長時間でもいけるわよ」


 イヌマエルはぱあっと目を輝かせた。


「そんなこと……! できるんですか? アイスも作って、お部屋を暖めながらアイスを食べるだなんて……? そんなことが……?」

「できるわよ」

「お部屋を常夏のビーチにして……? 冷たいアイスを食べることも……?」

「できるけど……」

「遭難した僕が砂漠のオアシスで……? 一杯の冷たい水を……?」

「もはやアイス関係ないじゃないの」

「ライオンが僕のシャーベットを狙ってきたらどうしましょう!? ねえ姉さまー!」


 その後、イヌマエルが突然ライオンを追い払うときに効果的な奇声の上げ方を練習しはじめ、レオのほうから『ライオンが苦手な柑橘類の皮で全身を覆えばいいのではないか』という意見が飛び出したりなどした。オアシスの気候を考慮して、胸と股間に星型に剥いた皮を貼ればいいのではないか、とも。


 前世でこんな感じのグラビアイラストをよく見かけたなぁ。

 胸にヒトデとか貼ってあるやつ。


 そんなことを考えながら気が遠くなっていると、デッサン図がたまたま通りすがったレージョの目に留まり、あやうくディーネの衣装に取り入れられるところだったことも付け加えておきたい。回避できてよかった。


 そんな感じで弟たちの冬休みはあわただしく過ぎていった。




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