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お嬢様は着せ替え人形


 公爵令嬢のディーネは侍女から焚き付けられた。


「殿方の考えることなんてみんな同じですわぁ。うそだと思うなら『このお部屋少し暑いですわね』とかなんとか言いながら上着でも脱いでみたらよろしいのですわ」


 男はみんなそういうことしか考えてないのだから、というのが彼女の持論だった。


 しかし、本当にそうだろうか。

 ジークラインに限ってはあんまりそういう目ではディーネのことを見ていないような気がする。


 というのも、彼女の服装がすでにかなりきわどいからだ。

 皇宮に顔を出すときは正装が義務付けられているが、珍しい魔物産の素材はなぜか人間の肌にぴったり吸いつく特性を持っている。この素材で服を作ると、ぱっつんぱっつんのフィギュアスケーターみたいなものができあがってしまうのだ。これがこの国の皇族の女性にだけ許された特別な衣装であり、憧れの的なのである。なんだそりゃ。


 きわどい服を着た女が始終まわりをうろちょろしていても、ジークラインは顔色ひとつ変えない。


 彼はディーネに興味がないのではないか……というのが率直な感想だった。


 そもそもディーネには、裸を見るとムラムラする、という理屈が全然分からない。

 ディーネ自身、ジークラインの部屋に行ったら彼が着替え中だったりしたことは何度かあったので、上半身裸ぐらいなら色々な折に見てはいるが、それでムラムラしたことはない。せいぜいが、見てしまって悪いことをしたな、と思うくらいだ。


 でも、触られるとドキリとする、というのは全然分かるのだ。恥ずかしいし、逃げたくなる。

 それでも気持ちいいものだから、幸福感を味わいたさについ、くっつきに行ってしまう。


 ムラムラするとはこのようなことを言うのだろうか。よく分からないなりに、たぶん近いところにある感情なのではないかと思っている。


 だから、侍女から「触りすぎると彼が困ったことになる」と言われたときは割合すんなり納得できた。


 でも、ディーネが少し服を脱いだぐらいでジークラインが興味を示すとは、どうしても思えないでいる。


 むしろ、脱いでみたら想像以上に貧相なのでがっかりする彼が目に浮かぶぐらいだ。

 もしもそれが正式な結婚式の前だったりしたら、意気消沈したついでに『やっぱり婚約破棄しよう』などと言われるかもしれないではないか。そうなったらディーネはちょっと立ち直れない。


「やっぱりもうちょっと服を着ようかしら……」


 服の素材自体は皇宮からの指定なのでどうしようもないが、体型をごまかすための補正下着はそれなりにある。お尻を大きく見せる詰め物やら、胸を強調するコルセットやら。


 そういったものを使うようにすれば、少しはジークラインをひきつけられるようになれるだろうか。

 やっぱり他の女にしておけばよかったなどと思われなくなるだろうか。


 ディーネだってまだまだ成長期。

 去年よりも身長が三センチくらい伸びた。将来的には女らしい身体つきにだってなれるかもしれない。時間稼ぎをするのはいい手であるように思える。


 かくしてディーネは普通の服を着るべく、まずは侍女に相談してみることにした。


 おしゃれ番長のレージョは、ディーネが切り出した内容に、ブルドッグのような険しい顔を作って首を振った。


「まあ、いけませんわ、ディーネ様。これはディーネ様の魅力を最大限に引き出すためのデザインなのでございます。ジーク様だってこの服を着たディーネ様とお会いするのを楽しみになさっているに違いありませんわ」

「えぇ……?」


 のっけからとんでもない見解の相違が起こった。

 眉ひとつ動かさないジークラインが楽しみにしているとはとても思えないディーネだった。


「ディーネ様はそのままで十分にお美しいのですから、どこも偽る必要などございません」

「でもね、やっぱり恥ずかしいっていうか……実際レージョはさ、自分でこの服着れる?」

「いいえ。絶対に着ませんわ」

「あのね、自分で着たくないような服を人に着せるってどうかと思うの」

「でも、ディーネ様にはこれが一番お似合いになるのでございます」


 ディーネは閉口した。彼女のセンスは分からない。


「皇妃さまのドレスも素敵ですけれど、あれはやはり大人の色気があってこそのデザインですわ。ディーネ様にはディーネ様のおかわいらしさというものがございます」

「いや、皇妃さまのような服が着たいってことでもなくて……もう少しこう、普通のドレスみたいにならないかな? せめて、周囲から浮かないような……」

「浮いているのではございませんわ。美しいから目立っているのでございます。美しいものを目にする喜びを周囲の方にお与えになるディーネ様の魅力を最大限に引き出すことがわたくしの尊い使命なのですわ」


 ディーネは頭が痛くなってきた。レージョは本気で言っているのだろうか。いや、そもそも恥ずかしいと思うディーネがおかしいのだろうか? よく分からなくなってきた。


「それに、ディーネ様のお洋服は皇宮の衣装係の方々にもご評価いただいておりますのよ」

「マジか」


 ディーネの服はレージョが好き勝手にデザインしているが、皇宮の式典に参加するときは一応ジークラインのほうとも打ち合わせをするらしい。ジークラインが真っ黒な服を着ているときにディーネが真っ黄色なドレスを着て出たりすることのないようにという配慮だ。


「皇宮の人たち趣味悪くない……?」

「まああ! そんなことはありませんわ! どうしてディーネ様にはこのよさがお分かりになりませんの!?」


 憤慨するレージョの剣幕に押されて、ディーネは沈黙した。


 ――文化が違いすぎる。


 さまざまな時代の情報があると、かえって何がいいのかの判断もしづらくなってしまうのだ。


「先日は、とうとう皇帝陛下よりじきじきにお褒めのお言葉を賜りましたのよ」

「陛下はなんて?」

「『マジ卍。もっとああいうのが流行ればいいのに』との仰せでしたわ」

「お言葉が軽いな! ……それホントに陛下? そこらへんのおじさんと間違ってない?」

「皇妃さまがお困りになってましたから、本物で間違いないですわ」


 ディーネは皇妃のベラドナに思いを馳せる。

 ――皇妃さま。どうして止めてくださらないのですか、皇妃さま。


「とにかく、ジーク様もきっとお気に召しているはずですもの。ご変更なさる必要はまったくございませんわ。心配なのでしたら直接お尋ねになってはいかがですの?」


 けんもほろろに断られ、ディーネはすごすごと尻尾を巻いて退散した。

 どうしたものかと思案する。


 さっきの皇帝陛下の話が本当なら、母親や皇妃に頼み込んで、皇族の女性全員でボイコットするという手段にでも訴えない限り、やめさせるのは難しいだろう。

 かりにやめさせられたとしても、皇帝からひんしゅくを買う可能性も出てきた。


 打開策が見つからないうちにジークラインとの面会の時間が来る。


 ディーネはいつも通りの露出度が高い正装を着せられ、いくぶんかしょんぼりしながら彼の部屋に行った。


「……ジーク様はこの服、どうお思いですの?」


 出迎えてくれたジークラインに、自分の服の腕のあたりを引っ張って指し示す。


「どうって? いいんじゃねえの?」

「えっ……?」


 まさか、彼もこのデザインがいいなどと言うのだろうか?

 ディーネが途方に暮れていると、ジークラインはこの一瞬で何を察知したのか、不機嫌なディーネをあやすように頬へと手を当てた。


「服がなんだってんだよ? 中身がよけりゃ何でもいいだろ」

「うう……」


 ぐりぐりと両手で挟んでほっぺをこねくりまわされ、ディーネは眉を寄せて変な声でうめいた。


「お前が着てりゃ何だって極上の包装だ」


 こんなに甘やかしてもらっていいのだろうかというほど、最近のジークラインはディーネに甘い。

 ディーネは「もう」と軽く彼の手首をはたいて、うりうりするのをやめさせた。


「わたくし、この格好が少し恥ずかしいのですわ。もう少し控えめな装いをしたいのですけれど、侍女に言っても聞き入れてもらえないので、ジーク様のお口添えがほしいのでございます。ご協力いただけませんこと? わたくし、本当に困っておりますの」

「お前いっつも色とりどりのカッコしてくるもんな」


 なんとなく半笑いで言われてしまい、ディーネは頬が熱くなった。

 人を珍しい南国の鳥みたいに言わないでほしい。


「……やっぱりジーク様も、おかしいとお思いですわよね?」

「何言ってやがる。俺が女の着る服に頓着すると思ってんのか? お前が着たいもん着りゃいいだろ」


 ジークラインならそう言ってくれるだろうというのが半ば分かっていたので、ディーネはついにっこりした。

 彼はあんまりディーネの外見に興味がないのだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 悲しくなってしまうこともあるけれど、今のところはそれでディーネも助かっていた。

 変な目で見られていないおかげか、そばにいるだけで守られているような安心感があったし、そういう人だから余計に好きなのだった。


「ジーク様はお気になさらないと思いますけれど、わたくしはちょっと……そろそろ、わたくしも子どもではありませんのよ。人の目が気になることもございます」

「そうか? 俺の隣にいる限りどんな格好してようが他人の目はついて回るだろうが、気にするこたねえよ」


 ジークラインは板についた芝居っけでディーネの肩を抱いた。

 不意打ちを食らったディーネは動けない。突然の接近に驚き、頬がかあっと熱くなる。

 抗議めいたうめき声は、ポンポン、と二度ほど背中を叩かれて消失した。


「俺の女への侮辱は俺への侮辱だ。いずれ黙らせる」


 胸に去来する激しい感情は羞恥か、それとも喜びか。恥ずかしくて身もだえしてしまうようなセリフなのに、ジークラインに言われると実感を伴うせいか、好きだと思える。感激ついでにすがりついた胸は広くて、温かかった。近ごろは触りすぎてはいけないと自戒していたので、そうして抱き合うのも久しぶりだった。


 ――やっぱり私はこの人が好き。


 ジークラインの慰めはうれしかったが、それはそれとして、気になることがある。


 ――もしも私が寒いから抱きしめてってお願いしたら、なんておっしゃるのかしら?


 普通に抱きしめてくれるような気がする。今まさに彼がしているように。

 となるとやはり、服を脱いでみるのがいいのかもしれないが、それには最低でも初夏まで待たねばならなかった。


 ――また夏になったら考えよ。


 ディーネはそんな風に思考をいったん棚上げして、ジークラインといちゃいちゃすることに集中した。


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