天上天下にふたつと並びなき偉大な指導者だ。比類なき尊き騎士にして魔術師、支配者になるべくしてお生まれになった王の中の王
父であるバームベルク公爵エッディウガス・フォン・クラッセンは、渋みのあるナイスミドルである。若かりし頃はさぞや美男子だったのだろうと思わせる涼やかな目元と薄く入った笑いじわ、年の割には張りのある肌。そしておしゃれだ。フリルの似合う中年男性ってなかなかいない。
エッディウガスは娘の訴えを鼻で笑った。
「何をばかなことを。悪いものでも食べたのかい」
「いいえ! わたくしは本気です! あの方とめあわされるぐらいなら死にます!」
父公爵は、一瞬けげんな顔をしたが、ふっと皮肉っぽく笑った。
「そうか。では死ぬがよい」
「おおおおお父様あああ!」
「なんだ。皇太子との婚約を破棄しようものなら、わが公爵家は無事で済むまい。わが公爵家に連なる一族郎党と数百万に喃々とする民草および使用人、下級貴族のために、そなたはおのれの誇りを貫き、決然と自死するがよい」
「つめたあああああい! お父様のいけず! いじわる! 素敵ダンディ!」
「最後なんで褒めたのだ、わが娘よ……」
「とにかくわたくしはあんな方との結婚なんて絶対にいやッ!」
ディーネがこぶしを振り上げて力説すると、父公爵はやや考えてから、うなずいた。
「……結婚前だから気鬱の虫に取りつかれているのであろう。婚約中の女人にはよくあることだ」
「ちがいます! わたくしは気持ち悪い男と結婚したくないだけです!」
父公爵は渋みのある美貌に深く眉間のしわを寄せた。
「……気持ち悪い? だれが?」
「ジークラインさまが、です!」
「何を言う。ジークラインさまほどの粋な『漢』はおられぬであろうに」
厨ニ病皇太子まさかの大絶賛。
「いいか? 愚かなわが娘よ。ジークライン様こそはわが国の至宝だ。天上天下にふたつと並びなき偉大な指導者だ。比類なき尊き騎士にして魔術師、支配者になるべくしてお生まれになった王の中の王だ」
大絶賛どころじゃなかった。何その至高の御方。
ジーク様って何なの。神なの。ジャスティスなの。
「ばかなことを言っていないで、早くごあいさつに行きなさい。今日は午後から皇太子さまに拝謁の機会を設けていただいているからお菓子を差し入れるのだとうれしそうに話していたではないか」
ええ、覚えておりますとも。うきうきルンルンで焼きましたからね。超きれいなパウンドケーキができました。ラム酒につけこんだ洋ナシをふんだんに使用したちょっぴりビターなオトナ女子向けのパウンドケーキです。作るのがむずかしくないからまったりおうちデートの女子力アピにぴったり。甘すぎないからカレ受けも抜群。やったねちくしょう。
バームベルク公爵エッディウガスは、パチリと指をならした。側仕えの騎士がわらわらとディーネに迫る。
「連れていきなさい」
「はっ」
「いーやー! やーめーてー!」
「なに、一時の気の迷いだよ。ジークライン様に慰めてもらうといい。愚かなわが娘よ」
公爵家お抱えの青鷲騎士団の騎士に両脇を固められ、まるで罪人のように引きずられながら、ディーネはエッディウガスの部屋を退室した。