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園遊会


 青々とした芝が一面に広がる皇宮こうぐうの庭で。


 春の訪れを祝う祝祭の最終日に合わせて、大きな野外のお茶会が催されることになった。このお茶会は通常なら皇宮に近しい高位貴族がひっそりと参加するものだったのだが、今回は皇妃ベラドナやジークラインの協力を得て、できるだけ大勢の貴族に参加してもらえるよう働きかけた。


 開始までまだ三十分程度あるが、遠方からの客はすでに庭にぽつぽつと姿を見せ始めていた。


「きゃあ、ご覧になって。バームベルク公爵家のフロイライン・クラッセンよ」

「素敵! わたくし初めて間近で拝見しましたわ。おうわさどおりの可憐な方ね」


 小貴族の少女たちがひそひそとうわさをしている。身に着けているものの質などからいっておそらくあまり家格が高い少女たちではないのだろう。


「すごくスタイルがよろしいんですのね」

「均整がとれたおからだでいらっしゃいますわ……モデルのよう」

「むだな贅肉なんて少しもなくていらっしゃるのね……なんてすっきりしたおなかなのかしら」


 ディーネはそうそうに視線の嵐に耐えられなくなって、席を外すことにした。


「あん、行ってしまわれますわ」

「目の保養でしたのに~……」


 ディーネはこの園遊会でも目立ちまくり、浮きまくりだった。

 なにしろ着ているものが違う。

 身にまとっているのは例の魔法蜘蛛の糸によるぱっつんぱっつんのドレスである。

 この服、実は皇族の象徴として、それ以外の人間が着ることは禁止されている超高級素材らしい。

 ディーネは公爵家の娘だが、皇太子の婚約者ということで着用を義務づけられていた。

 皇妃ベラドナも同じ素材のものを身に着けている。彼女は不二子ちゃんのようなワイルド系の美魔女なので、大胆なデザインがやけに似合っていた。


 他にも皇妃の娘御、つまりディーネにとっては未来の義理の姉だったり妹だったりする女性たちも同素材の服を着させられているが、彼女たちの服はデザインも考えられていて、ある子はガッチガチのワイヤー補正入りの下着やスカートをふくらませるクリノリンなどの補正器具などで体型を完璧にガード。またある子はぴたぴたのドレスの上に何重にも絹のドレスを着込んで、体型を見えなくしていた。


 ありていに言えば、体型がまるわかりのピタピタなデザインにさせられているのはベラドナとディーネだけだったのである。


 これは恥ずかしい。


「……ねえ、この服……どうして私だけ……その……セクハラなの?」


 思わず侍女としてあとをついてきたレージョに問いかけると、彼女はこくりと首をかしげた。


「せくはら……とはなんのことでございますの?」

「だから、なんか、こう、やけにデザインがエロいっていうか……」

「それはもちろん、お似合いになるからかと……」

「で、でも、皇姫たちの服は、同じ素材でもなんかちょっと、デザインが違うじゃない? 常識のエッセンスを感じるじゃない? わたしもああいう感じのでよくない……?」

「でも、あれは、お似合いにならないからかと……本来はディーネさまのようにして着るのが格好いいのでございます。あれではせっかくの高級素材が台無しですわ」

「格好いい……の……?」

「貴族令嬢はその体型も美しくてこそですわ。自信をお持ちくださいませディーネさま。この会場にディーネさまよりもお美しくて格好いい女性はいらっしゃいません」


 ディーネは首をかしげつつ、クラッセン嬢としての記憶をたどってみた。

 たしかに、この皇宮では自分の美しさを堂々と見せることもたしなみのひとつであるらしい。

 ハリウッドセレブがすごく胸の開いたセクシーなドレスで現れたりするようなものだろうか。あちらのお国では、強さの証明が女性の格を高めるという発想なので、変なドレスを着たら女性としての品格が落ちる、慎みがないのは恥ずかしい、と思ってしまう日本人とはそもそも発想が真逆なのである。

 どうやらここワルキューレでも、他人の視線にも引かず媚びず顧みず、怖気づかずに堂々と対応する、強い女性の矜持が試されているようだ。

 その発想でいったらたしかにベラドナはこの帝国の皇妃にもっともふさわしい人物といえる。

 皇太子妃候補のクラッセン嬢も大きくなったらベラドナ様のように強くて美しい女性になりたいと憧れていたようだ。残念ながら彼女は引っ込み思案で、全然適性がなかったようだけれども。


「まあ、いいけど……」


 ビクビクするほうが余計恥ずかしいというのなら、ディーネはもう気にしないことに決めた。

 たしかに今世のクラッセン嬢の美しさは現代日本人の感覚を持つディーネからいっても群を抜いている。

 見たけりゃ見ればいい。ディーネはもう知らない。


「さて、ケーキの準備はどうなったかな……」


 この園遊会は、ディーネがこれから売り出すケーキの試食会を兼ねていた。今日ここに集った貴族令嬢やご婦人方、総勢三百名に一度に味わっていただくため、十種類のケーキをひと口サイズにきりわけたものを三百セット用意した。


「それにしても大変だったなあ……」

「ディーネさま、ご準備におおわらわでしたものね」

「ほーんと、謎の事故が多くて大変だった……」


 あらかじめ買い付けておいた小麦がなぜか直前になって入荷しなくなるというトラブルをはじめとして、いろんな不測事態が起きた。どこかの商会が手を回して公爵家に届かなくしてしまったらしいのだが、いくつかに絞れたものの、結局どの商会が犯人かまでは特定できなかったのだ。


「でもまあ、その苦労も今日までよね……」


 言いながら皇宮のキッチンのほうに回る。

 すると、あたりはハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。


「ディーネさま! 大変でございます!」


 駆け寄ってきたのはジージョだった。


「ケーキを運んでいた荷馬車が何者かの襲撃に遭い、積み荷が横転してすべてだめになってしまったと……」



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