結婚式
雪深い宮殿で大きな饗宴が開かれていた。
白いテーブルクロスの長テーブルにたくさんの貴族が並んでいる。うさぎや貂の洒脱な帽子が、お喋りに合わせて揺れる姿は異国情緒たっぷりで、いかにも雪国の宮廷らしい。テーブルをにぎわせているのはエキゾチックな大角鹿の姿焼きなどで、豪華に飾り付けられた料理の数々が、砂糖菓子のオブジェと一緒に並んでいる。
砂糖菓子が表現しているのは国王と王妃、それから雪の宮殿だ。ふたりは今日の主役でもある。
スノーナビア国王の結婚式が執り行われているのだ。
国王は一番初めの王妃を何者かの毒殺によって亡くしており、二度目の結婚は先延ばしにしていたらしい。
しかし、先日のドラゴン騒動のおかげで王の暗殺を目論む貴族たちの陰謀が明るみに出た。フェンドル庶子公を裁判にかけ、彼を幽閉することに成功。これ以上の危険はないと判断されて、めでたく成婚となった。
このまま順調に第一子、第二子が誕生すれば庶子公の継承権は降下し、謀反も起こしにくくなることだろう。庶子公の野望はここでついえたのだ。
スノーナビア国王の招待を受けて、ディーネたちは上席に座っていた。
「お嬢様のお好きなフルメンティ・ソースの魚がございますよ。お取り分けいたしましょうね」
「うん、ありがとう、セバスチャン、でも……」
彼は正式に認知された、スノーナビアの王太弟である。その彼が使用人から木のさじを奪ってあれこれと料理を取り分けてしまうので、おそらく今日のために呼ばれたのであろう、やんごとなき身分の小姓が途方に暮れたように突っ立っていた。
「……今日はもう、あの子に任せて、セバスチャンもゆっくり落ち着いて食べた方がいいんじゃない?」
ディーネがずばっと指摘すると、セバスチャンは少し赤くなりながら木のさじを握りしめた。
「……すみません、何かしていないと落ち着かなくて……あまり、こういう席でもてなされたことがないものですから……」
不安なのでつい、自信を取り戻す行動に走ってしまったということだろうか。天然な彼のことだから無意識だったのだろう。
「……まあ、私も、あっちの経験の浅そうな子よりは、セバスチャンに給仕してもらったほうが安心して食べられるんだけどね」
ひそひそと耳打ちしてやると、セバスチャンはぱっと明るい顔になった。かわいらしすぎてディーネは成仏しかかった。
ぼっちの小姓にひらひらと手を振って合図したのはジークラインだ。酒をあるだけつげと申し付けられた小姓は、やっとできた仕事にほっとしたような顔をした。
「……でもほら、不安なのはあの子もだと思うの。見て、うれしそう」
「生まれつきの皇族の方はやはり貫禄がおありでございますね」
「セバスチャンもああいう風にすればいいんだよ」
「それがなかなか……」
染みついた使用人根性はなかなか抜けないらしい。
「……やはり私は、公爵位はお断り申しあげてようございました。こうした行事には慣れられそうにありません」
「ええー、もったいないなぁ」
「今の状態が一番気に入っておりますので」
本人がそう言うのなら是非もなし。
ディーネはしばらくもくもくと食べていたが、ジークラインのいるあたりがうるさくて、勝手に聞こえてくる会話に意識がいった。
「殿下、わが王より心ばかりのお酒を言付かって参りました、さ、そんな安酒は置いておかれませ……」
「あ、ずるいぞ!」
「俺がパンを差し上げるんだ!」
ドラゴン殺しのジークラインはここでも名が売れているのか、人気がありすぎて手がつけられないほどだった。会場についた瞬間からずっとこうである。ひっきりなしに人が押し寄せてきては、誰もかれもがジークラインを引き留め、長話をしたがる。ざっと数十人ぐらいの貴族を新たに紹介されたが、物覚えはいいほうのディーネもさすがに顔と名前が一致しなくなってきた。
ジークラインはちらりとこちらを見た。他の人は気づかないだろうが、こういうときの彼はかなりの割合でうんざりしている。
助けてほしいということだろうと解釈して、ディーネは隣に座るジークラインの腕に自分の腕を絡めた。
「まあ、ジーク様、いくらスノーナビアの皆さまが素敵だからとて、よそばかりご覧になっていては嫌でございます」
嫉妬深い婚約者――という振りで小姓たちを軽く睨みつける。
「スノーナビアの皆さまの銀髪は朝日に輝く雪のようでとっても素敵。花嫁様もとっても素敵で、わたくし妬けてしまいます」
ジークラインもまたディーネの演技に乗って、いかにも婚約者を可愛がっているような様子でディーネの頬に触れた。
「お前があいつらを羨むべき点はひとつもないだろう、ディーネ」
「どうかしら。殿下ったら、この宮殿についてからというもの、わたくしのほうなんて見向きもなさらないんですもの」
「抜かせ。俺の目にはお前が一番美しい」
――ぎゃー!
半分ぐらいは自分で言わせるように仕向けたとはいえ、実際に言われると恥ずかしいなんてものではなかった。ディーネが赤面しているうちに、ジークラインが追加の指示をあれこれして、小姓をまとめて追い払ってしまう。
やっと気が抜けると思ったのか、ジークラインは脱力して背もたれに寄りかかった。
ディーネも気を抜きつつ、本日の主役に目をやる。新郎新婦は銀糸を基調とした婚礼衣装で華やかに飾り立てられ、おとぎ話の一幕のように美しい。
「……ねえ、ジーク様。また先を越されてしまいましたわね」
婚約期間はとても長いのに、一向に結婚の順番が回ってこない。
「心配すんな。次こそは俺たちだ」
「陛下は何とおっしゃっているのでございますか?」
「次の戦争に勝てたら考えてもいいってよ」
――フラグかな?
この戦争に勝ったら結婚しようと言い置いて戦場に出ていった兵士が無事に帰還したためしはない。
「まあ、また戦争になるんですの?」
あまり穏やかではない話に耳目が集まるのを警戒してか、ジークラインはことさら何でもないというように手を広げた。
「俺の前に立ちふさがる奴ぁ、誰であろうと叩きのめす。それだけだ」
彼のことだから、きっとその通りになるのだろう。ここら辺の安心感は異常である。
「……でも、わたくし嬉しゅうございます。ジーク様が、ちゃんとわたくしたちのこともお考えになってくださって……」
「そいつは聞き捨てならねえな。おい、ディーネ、認識を改めろ。俺がお前のことを考えていないときがあったか?」
ディーネは困り果てて無意味にテーブルクロスを握りしめた。近頃のジークラインは、こういう風に言っておけばディーネが大人しくなるということを完全に学習したらしく、まるで熱愛中の恋人みたいなことを平気で口走る。
「おやめくださいまし、人が見ておりますわ」
「構うものか。なあ、ディーネ。次の戦の勝鬨は、お前に捧げてやるよ」
――恥ずかしい!
厨くささは相変わらずだ。なのに、どうしたわけか、うれしいと思ってしまう自分がいた。
なにしろ十年越しで恋をしていた相手なのだ。
好きなものは好きなのだから、しょうがない。
「……このお部屋、なんだか暑いですわね」
「そうか? 暑くはねえぞ。お前の顔は赤いけどよ」
からかわれるとやっぱり悔しくて、口をとがらせて無言の抗議を送っていると、ジークラインがこの会話にも飽きたとでも言いたげに伸びをした。
「あーあ。……いつまで犬みてえにお預け食わされてりゃいいんだろうな。早く……」
――早く……なんだろ。
結婚したい、とでも言いたいのだろうか。そうだとしたらずいぶんとまあかわいらしいことだ。
ディーネは浮かれ気分に任せて、テーブルの下でジークラインの服の袖をちみっとつまんだ。
「なんだ?」
「なんでもありませーん」
何でもないいたずらが、馬鹿みたいに楽しいと感じる。
その楽しさの源泉はきっと、どんなことがあっても絆が切れることはないという、確かな信頼なのだろう。
ディーネは久しく感じたことのない上機嫌で、小姓たちが取り分けてくれた鹿の肉に手を伸ばした。
以上を持ちまして完結です。
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